第2回大会報告 シンポジウム「拡張するユマニテ、揺動する表象」

シンポジウム 「拡張するユマニテ、揺動する表象」

ポストヒューマン――アナクロニックな渦巻き

報告 : 千葉 雅也

6月30日(土) 14:00-17:00 18号館ホール

シンポジウム 「拡張するユマニテ、揺動する表象」

【パネリスト】
山内 志朗(慶應義塾大学)
坂元 伝(シンガポール国立大学)
佐藤 良明

【コメンテーター】
リピット・水田尭(南カリフォルニア大学)

【司会】
北野 圭介(立命館大学)

第二回大会初日に開催されたシンポジウム「拡張するユマニテ、揺動する表象」は、表象文化論学会のいわば通奏低音として響きつづける「人文知の現在と未来」の騒めきを、パネリストそれぞれの領域において問われる身体性の揺らぎとして具体化することになった。

建築家である坂元氏が、その「ハイラインプロジェクト」において実践した、異質な生活現場を偶発的に巻き込み、その渦においてリアリティを獲得する出来事の「身体化(embodiment)」としての建築。それは、一定の目的と機能のために計画され、それに従って生活することを求める近代建築とは違って、都市に書き込まれた複数のハビトゥスのあいだに、むしろ建築を住みつかせることでもあるだろう。そして佐藤氏によるベイトソン的な進化の時間からのアプローチ。そこでポップカルチャーの歴史は、規律=訓練によって抑圧された「動物的」身体反応へのいわば〈逆進化的〉な回帰として、のみならず、そうした回帰がますます産業化され、資本主義のエンジンに組み込まれていく過程として捉えられる。そして山内氏があらためて浮上させた表象概念の錯綜した歴史。事物のあいだのオリジナル/コピー関係にもとづいていたスコラ哲学における「repraesentatio」は、しだいに精神における「再現前化」という働きを意味するようになる。しかしライプニッツがいう「repraesentatio」とは、現前化されずともモナドのなかに潜在している「微小表象」のすべてであり、それが無意識的な自己の身体のありかを示している。

こうした主題系はいずれも、自発性よりは受動性、ないし惰性を本質とするような身体のあり方に注目しているが、それは主体の自発性によってかえって阻害されるような、予期しえぬ他性との邂逅に開かれるための賭場口なのである。

司会の北野氏は、「人間であること」の意味とそれに相関した表象のありかたが、テクノロジーの発達によって劇的に変わりつつあるという現状認識から出発し、「ポストヒューマン」すなわち「人間以後」の時代における人文知の再検討をを求めていたが、それは必ずしも、かつて喧伝された「ポストモダン」の時代意識とそのまま一致するわけではない。坂元氏・佐藤氏の発表は、いずれも現在進行形の文化状況を扱ったものだが、その核心にあったのは「ポストヒューマン」と呼べるような何かを――進化であるにせよ退化であるにせよ――リニアに進行する歴史のなかへ安置することではなく、いわば〈渦巻き〉のように、歴史のいたるところに巻き込まれた運動としてあらわにすることであったと思われる。そしてライプニッツ哲学の「プレモダン」な表象概念がもちうるアクチュアリティを見出そうとした山内氏の発表は、ポストモダンにおける「人間の終焉」といったクリシェを撹乱させるためにうってつけの介入だったと言えるだろう。

〈渦巻き〉としてのポストヒューマン。したがってそれは、ある種の〈アナクロニズム〉によって再回転(リサイクル)させられて、はじめて創造的な概念になる。コメンテーターのリピット水田氏が言うように、「ポスト」ヒューマンとは「人間とは何か?」という問いをくりかえし「投函(post)」しては、そのたびに、アドホックに規定され、建てなおされる「柱(post)」でもあるだろう。だが、そのようにくりかえされる問いは、無数の手紙へとそのたびに封入され、文字通り「ポスト(post)」としての自己へと集積されていく。ばらばらの問いの手紙を沈殿させていくポストの底。今回のシンポジウムもまた、「人間とは何か?」という空転する自問をエネルギーとして様々なコンテクストへと飛び火を放つ試みであったが、しかし三人のパネリストが「感じる」ことを欲したのは、おそらくひとつの円環には収斂されず——かといって円環を砕くわけでもなく——内側へと折り込まれていく渦巻きであり、その中心というよりも底において、無数の手紙をそのままひとつの身体へと縮約することであったように思われる。渦巻くポストヒューマンの、そのポストの底において跳ね回り、出会いなおす身体たちは、リピット水田氏の言葉を借りるなら「元人間(ex-human)」という肩書きをもつ具体的な誰かであるだろう。

残念ながら当日は、パネリストのディスカッションに時間を十分割くことができなかったが、同じメンバーでの討議が後日あらためて収録されている。その模様は、学会誌『表象』第二号に掲載される予定である。情報技術と身体、そのデータベース化といった諸問題も加味した刺激的な補遺、というよりも「付箋(Post-it)」の数々にご期待頂きたい。

千葉 雅也(東京大学・院)

山内志朗

坂元伝

佐藤良明

リピット・水田尭

北野圭介