新刊紹介

堀潤之(訳)
コリン・マッケイブ『ゴダール伝』
みすず書房、2007年06月

本書は、1930年生まれのゴダールの子供時代から現在に至るまでの歩みを、ゴダールの親族も含めた多数の関係者への聞き取り調査の成果を交えながら、時系列順にたどるという標準的な評伝のかたちを取っていると同時に、彼の作品と人生を20世紀の歴史と映画文化の歴史というより広範な文化的状況に位置づけるという文化史的な試みにもなっている。むしろ、ゴダールを「コンテクスト化する」ことにこそ力が注がれていると言ってよい。

たとえば、第1章で詳述される父方のゴダール家と母方のモノー家の系譜は、プロテスタンティズムの歴史的経緯や、スイスをめぐる地政学的コンテクストと切り離せないものとして語られているし、続く各章でも、50年代パリにおける映画の文化的な位置づけ(第2章)、ヌーヴェル・ヴァーグ期のフランス映画製作の状況(第3章)、五月革命の知的・文化的背景(第4章)といった事柄が、ゴダールを理解するための不可欠の背景として丁寧に紹介されている。

こうした文化史的な映画論は、本書の第2章でも大いに参照されているアントワーヌ・ド・ベックの『カイエ・デュ・シネマ:ある雑誌の歴史』(Les Cahiers du cinéma, Histoire d’une revue, 1991)以降、映画研究において一つの確固たる位置を占めてきたように思う。70年代に精力的に「理論」を映画研究に導入したコリン・マッケイブのような人物が、21世紀の初頭に文化史研究に傾斜した『ゴダール伝』を執筆する――そのこと自体に、良くも悪くも、映画研究の変遷の一例が現れているように思われる。(堀 潤之)