新刊紹介

北野 圭介
『大人のための『ローマの休日』講義――オードリーはなぜべスパに乗るのか』
平凡社新書、2007年08月

『ローマの休日』とオードリー・ヘプバーンという極めつきのポピュラーな対象を分析しながら、今日まで蓄積された映画学の成果を随所で援用しつつ紹介するこの著作は、しかし穏当な「映画学入門」の体裁に収まるわけではない。本書はまた、ポピュラーであるがゆえに凡庸ときめつけてその魅力をついぞ言葉にしえなかった「映画通」たち、映画研究者たちに対する挑戦状でもある。あえて万人に愛された作品と女優を取り上げつつ、映画をめぐる生硬な言説に見直しを迫るという過激な側面があるのだ。

映画学を教えつつ映画学を疑問に付すこと。このいわばふたつの戦線を同時に戦う姿勢によって、本書は啓蒙書の安定した枠から逸脱し、刺激的だが危うくもある蛇行を強いられる。映画の学問が映画の魅惑を削ぐというおうおうにして起こりうる矛盾に筆者は極めて自覚的だ。だが本書は「オードリーは素晴らしい」というおおらかな(しかし体を張った)肯定を掛け金とすることで、この矛盾に陥ることなく、晴れ晴れとした健康の側に着地することに成功するだろう。演技経験の乏しいひとりの新進女優が、ローマの陽光のなかで自分の身体をカメラに晒し、無防備と自意識、恐れと勇気、可憐と高貴の両極を揺れるその極めて具体的なイメージの魅惑、その秘密を丁寧に解きほぐしながら、筆者は映画学のあくまで肯定的な力を確認させてくれる。(三浦 哲哉)