国際イベント

CND(Centre national de la danse)の
国際シンポジウムに参加して
内野 儀

1998年にフランス・パリ郊外のパンタンに設立された CND(フランス国立舞踊センター)は、会議・劇場施設やメディア・ライブラリーを備えた舞踊芸術のための総合アートセンターである。去る2006年1月9日から15日に、同センターで「文化的アイデンティティ、芸術的アイデンティティ」というタイトルの国際シンポジウムが開かれた。そのうち実質的な会議は12日から15日までの4日間で、大学での業務の関係もあり、わたしは12日夜から14日夜まで会議に参加することができた。

副題に「ボンベイ〈ムンバイ〉から東京まで」とあるように、今回は特にアジアにおける舞踊文化に焦点が当てられ、インド、パキスタン、インドネシア、シンガポール、中国、台湾、韓国、日本などからの総勢18名が発表を行った。舞台芸術関係のこの手のシンポジウムでは通例であるが、日本では必ずしも知られていないのであえて付言しておくなら、発表者には研究者だけでなくアーティストやジャーナリストも含まれる。また、その職能を問わず、通訳の問題があるので、基本的には学術的な内容の発表原稿を事前に提出し、それを読み上げることが基本となる(読み上げないと、同時通訳者が苦労する)。このシンポジウムでは、フランス語による発表はほとんどなく、英語が支配的だったことも報告しておきたい。

アジア内での開催ではないので(*)、このシンポジウムでは映像やプリゼンテーション画像を利用しながらの、すでに名声を確立したアーティストの自身の活動の紹介(といっても、単に紹介するのではなく歴史的な位置づけや現在的意義についての分析は必ず含まれる)と、若手研究者による自国の重要なアーティストとその作品紹介といった紹介的発表が多かったというのが全体の印象である。

とはいえ、二日目の最初に発表したインドの文化アクティヴィスト Sadanand Menon による "Identities: cultural/aesthetic" のように、基調講演的な構えで、ポストコロニアルとグローバリゼーションというおなじみの歴史的コンテクストを配しつつ、アジアにおける身体表現の政治的抵抗の可能性をめぐる理論的探求といった内容の発表もあった。テーマそのものはそれほど目新しくはないが、インドのリベラル知識人らしい先鋭な切り口と諸問題の卓抜な整理の仕方にはさすがと思わせるものがあった。その他、印象に残った発表では、台湾のモダン・ダンス確立に果たした日本人モダン・ダンサーの役割を歴史的に考察した Chi-Fang Chao (National Dong-Hwa University, Taiwan) や同じく台湾を代表するクラウド・ゲイト舞踊団を論じた Yatin Lin (Taiwan National University of the Arts) などがあった。両発表は Chao がオーストラリア、Lin がアメリカで博士号を取得して帰国した若手の女性研究者ということで、ダンスを語る際の理論的枠組みの精緻さと的確さが印象的だったわけだが、それはわたし個人も位置する〈英米理論の文化圏〉の批評言語による論考だったからかもしれない。ちなみにわたしは、"Disruptions, Failures: two “nationalistic” moments in Japan’s dance culture" というペーパーを読ませていただいた。土方巽と舞踏が登場してくる1950年代~60年代の歴史的文脈と、コンテンポラリー・ダンスというジャンルが登場してくる1995~2005年の10年を、ナショナリズムの問題とからめて論じるというものだった。

こうした「いわゆる発表」に比べ、日本でもよく知られたヴェトナム出身で今はフランスとヴェトナムを往還しながら活動を続ける Ea Sola による "Memory within the folds of World" は、対象を理論で切り刻むような感触の上記の若手の発表とは対照的に、自作品について、言葉をひとつひとつ選びながら、じっくりと観客に語りかけるというものだった。ヴェトナムの地方の村に出かけてゆき、舞踊という技術を通じて、そこに住む人々とコミュニケーションを形成していく旅について、映像を交えながら美しく語られる彼女の発表は、それ自身がひとつの表現になっていると言ってさしつかえないものだったのである。彼女の言葉はまた、確かにアジアにおいては〈アイデンティティ〉や〈政治的抵抗〉はいつだって問題だが、それを理論の言葉ではなく、いってみれば芸術の言葉で語ることの可能性を示すものでもあった。こういうとき、わたしは芸術家に嫉妬するほかはなくなるのである。


(*) 以下は、筆者のあくまでも印象であるが、アジアでの舞台芸術関係の会議でも同じようなフォーマットを取ることが多いのだが、アーティストや専門家の数が限られていることもあり、また、ここのところネットワークが急速に形成されてきていることもあり、同じようなメンバーが集結するという印象がある。また、情報もかなり共有されてきているので、紹介的な発表よりも、むしろテーマをはっきりさせた上でのより思考を深化させた形での具体的な発表と質疑応答が展開することが多い。


内野 儀(東京大学)