新刊紹介

岡田温司『芸術(アルス)と生政治(ビオス)』
平凡社、2006年4月

あまり耳慣れない「生政治」という言葉が、本書を読み出してまもなく、きわめてリアルな印象を刻んでいくのは、ヨーロッパ近代美術についての筆者の、フーコー的な分析の巧みさゆえのことだろう。国民国家の力学のうちに視線を規律・編成する装置としての美術館を対象とする第1章。絵画の保存にたいして繰り広げられてきた「衛生学」的言説を扱う第2章。ナチスドイツの「アーリアン」な美学に至る、観相学と芸術の絡みを論じる第3章。「有機体的」という美意識のもつリベラルな局面と全体主義的な抑圧とに同時に切り込む第4章。芸術品の作者同定の背後に、司法鑑定との連結を読みとる第5章。そしてジェリコーの死体画から出発して、医学・解剖学・処刑論・精神医学の展開を巻き込みながら、「近代国家が国民の生、病、死を管理し、その権力下に取り込み始めた時代」のアートの一側面をえぐる最終章。それら、多岐に伸張する諸テーマが、芸術作品そのものの生死を律する歴史的な諸力を浮かび上がらせつつ、百点に及ぶ図版を「読ませて」いく本書の体験は、専門領域を問わず、多くの読者を、表象文化論的愉悦に導くにちがいない。(萩原直人/佐藤良明)