新刊紹介

ヴィクトル・I・ストイキツァ
『ピュグマリオン効果――シミュラークルの歴史人類学』
松原知生訳、ありな書房、2006年6月

『絵画の自意識』(ありな書房、2001年)で西洋近世におけるメタ・イメージの展開を跡づけた著者が本書において考察するのは、究極のメタ・イメージともいえるピュグマリオン図像である。とはいえ彼の意図はもちろん、ピュグマリオン神話の図像一覧を作成することにではなく、同神話を、生命を得て現前し観者を魅了する「シミュラークル」の始原的な寓話とみなし、その「効果」を現代に至るまで追跡することにある。本書が厳密な意味でのピュグマリオン神話を逸脱する多様な事例――彫刻家サンソヴィーノのモデルとなった徒弟ピッポの死の逸話、美女ヘレネの掠奪譚の異聞、シェイクスピアの『冬物語』、画家ジェロームのアトリエ写真、ヒッチコックの『めまい』など――を採り上げるのも、このためである。著者がとりわけ注目するのは、さまざまな芸術ジャンル(伝統的な視覚芸術のみならず文学から音楽、演劇、舞踏、写真、映画に至るまで)が有する、それぞれのメディウムに固有の賦活力とその作用の諸様態である。視覚のみならず触覚をも刺激し、美的距離やオリジナル/コピー関係を無効化し、生命を獲得するとともに生者を死に至らしめもする魔術的な像=シミュラークルをめぐるストイキツァの思考は、ベルティングやディディ=ユベルマンのそれとともに、「イメージ人類学」の最良の成果をなすものといえよう。(松原知生)