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研究ノート |
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技法としての両耳聴
福田 貴成
1881年のパリ国際電気博覧会において、「テアトロフォン」なる装置のデモンストレーションが行なわれた。オペラ座という「テアトル」は、当時最新の「テレフォン」によって博覧会場と結ばれ、遠方の劇場で展開される音のスペクタクルが、受話器に耳をあてる来場者たちへと届けられた。
【図版1】からもわかる様に、来場者たちは「両耳」で——「テレフォン」の語から想起される「片耳」ではなく——聴取していた。この時、オペラ座には2個1組のマイクロフォンが設置され、それがさながら遠隔化された2つの耳として舞台上の音を捉え、受話器をあてる来場者たちへと音楽を伝えていた。当時の報道によれば、この「実験が始まるや否や、歌手たちは、聴取者の心のなかへと、或る者は右に、また或る者は左に、固定された距離をもって姿を現」したという。つまりそこでは、舞台上の空間性が聴覚によって明瞭に把握されていた。
この出来事は、聴覚メディア技術史では「ステレオ」の起源、すなわち立体音響を再現する技術的手段の起点として語られてきた。回線の構造に着目すれば、確かにこれは今日の「ステレオ」と類同のものであり、少なくとも工学的にはそうした「起源」の語りは正当の様に思われる。しかし一方、その語りは「聴くこと」をめぐる重要な論点を不問にしている。そこでは、2つの耳で聴くことすなわち「両耳聴」の特質が、「聴覚による空間性の把握」と一義的に結びつけられ、不変のものとして扱われている。そのような「両耳聴」理解は正当か。私たちの「両耳聴」という営みそれ自体に、問われるべき歴史性は存してしないのか。
この疑問へのヒントを与えてくれるのが、一見何の関係もない聴診器の歴史である(【図版2】を参照)。私たちにとって馴染み深い「両耳で聴く」形態とは異なり、1816年にフランスの医師ラエンネックが聴診器を発明——診察の際に紙束を丸めて用いたのがその始まりである——して以来、19世紀前半を通じて、聴診器は一貫して片耳型であった。1855年にアメリカの医師カマンがそれを両耳型化し、私たちが知る聴診器の形態と相同のものとなるのだが、当時その「進化形」として考案されたのが、聴覚現象に関心を抱くイギリスの医師アリスンの手になる「示差聴診器」(1858)であった。通常は単一のチェストピースが2つ、その各々がイヤーピースへと結ばれたこの奇妙な聴診器によって、彼は「物理学者にも生理学者にも知られていない」と称する両耳聴特有の「法則」を発見する。それは「同じ性質の音響が異なる強度で両耳に提示される時、その聴こえは、高強度側の耳のみに限定される」というものであった。
今日では、このアリスンの「法則」は、理論的にも経験的にも「誤謬」のように見える。しかしこの時期、「両耳聴=聴覚による空間性の把握」という認識図式は明確なかたちでは存在していなかった、という歴史的事実を踏まえれば、それを単に「誤謬」として片付けられるのかどうか、留保が必要である。アリスンは、自身の「法則」に関わる先行研究としてチャールズ・ホィートストーンによる1827年の両耳聴に関する実験に触れているが、ホィートストーンの仕事に限らず、例えばエルンスト・H・ウェーバーなど、複数の名高い物理学者や生理学者らによって、19世紀前半から中盤を通じて、両耳聴の意味、より正確に言えば両耳聴と単耳聴との「質的な差異」がくり返し論じられた。アリスンは、そうした同時代的問題を共有しつつ、また具体的な「聴く」実践のなかから先の「法則」を見出し、世に問うたのである。そうした固有の歴史性を持つ認識の様態を「誤謬」の一言で片付けるとすれば、そこには遡行的解釈ゆえの錯誤が伴っていると言うべきではないか。
この例が示しているのは、両耳聴が私たちにとって、単なる生物学的所与ではなく、科学的言説と具体的な聴取実践の絡みあいから析出された営みに他ならない、という事である。『観察者の系譜』におけるジョナサン・クレーリーや、彼に多くを負うジョナサン・スターンの『可聴的過去 Audible Past』の表現を借りれば、それは「技法」と言うべきもの、すなわち固有の歴史のなかから生成した、単耳聴との質的な断絶を伴う身体的営為なのである。
「2つの耳で聴く」ことをそう把握し直すとき、先の「ステレオの起源」の語りにもある混濁が生じてくる。実際、左右の耳に与えられる音情報の差異を音源の空間的位置と幾何学的に対応させる両耳聴観は、物理学者レイリーの1876年の論文「音源の方向知覚について」をその嚆矢とするものであるが、そこから派生した「理論」と、1881年の「テアトロフォン」において「実践」レヴェルで把握された立体音響とのあいだには、筆者の知る限り直接の参照関係は見出せない。さらに1882年には、イギリスの医師サミュエル・ウィルクスが、両耳型聴診器による聴取を通じて感得される音の空間性を論じ、それが「生理学的観点から大変興味深い」と述べている。これら、異なる分野において、自然科学的な理論の追求と器具を媒介とした聴取実践の双方から、固有の「技法としての両耳聴」が析出される。それは、生物学的所与の水準のみには還元し得ず、「科学的」読解のみではその特質を記述することが出来ない歴史的形象なのである。
筆者の見解では、19世紀前半から中盤を通じて問われた両耳聴の複数の様相と、1880年前後に理論と実践の双方から確立された、「聴覚による空間性の把握」を一義的機能とする「両耳聴技法」とのあいだには、ある「切断」が存在している。前述の「起源」の語りは、その「切断」の鮮やかさ故にこれまでリアリティを伴って機能してきたのではないか。そして、iPodのイヤープラグを両耳に差し込み、頭蓋のなかの音像のパースペクティヴと日々戯れている私たちは、いまだにその「切断」面に析出された「技法」、あの時代に聴診器や受話器を耳にあてた不特定多数の人々によって共有されたであろう「技法」に則りながら、日々の「聴く」営みを重ねているのではなかろうか。この「切断」面の様相をより正確に観察し、「技法」としての聴く営みの複雑な堆積に対して明晰な層序を与えることが、筆者の研究の当面の目標であり、それは今日における一人称複数の「耳の来歴」の一端の記述に通ずるものと考えている。
福田貴成(東京大学大学院)
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【図版1】パリ国際電気博覧会(1881)の「テアトロフォン」に聴き入る来場者たち
“THE TELEPHONE AT THE PARIS OPERA” in Scientific American, December 31, 1881.
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【図版2】片耳型聴診器から示差聴診器までの「進化」
Wilks, Samuel “Abstract of lecture on the evolution of the stethoscope” in The Lancet, II, pp. 882-883, 1882.