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第6回表象文化論学会賞受賞式

学会賞
本田晃子『天体建築論 レオニドフとソ連邦の紙上建築時代』(東京大学出版会、2014年3月)

受賞の言葉
この度は学会の名を冠した大変栄誉ある賞を拙著に授けていただき、どうもありがとうございます。ご多忙ななか審査に携わられた先生方、そして本書の元となった博士論文の執筆及び審査の過程でお世話になった皆さまに、改めて厚く御礼申し上げます。

拙著では、スターリン期のソヴィエト・ロシアにおいて活動した建築家イワン・レオニドフの実現されることのなかった建築作品と、同時期のやはり実現されることなく終わった建築・都市計画とを、相補的に論じることを試みました。ヨーロッパ文化の伝統においては、建築は時に物理的な構造としてのみならず、建設されるべき理想的共同体の表象としても機能してきましたが、ソ連邦の建設期においても、建築・都市計画と社会主義共同体の建設とは不可分に結びつけられていました。そこでは未来の建築の「イメージ」を通して人びとに新しい共同体の理想を示し、彼らをその建設に心理的に巻き込むことこそが重視されたのです。

けれども既存の建築史研究においては、これら実現されることのなかったプロジェクトは、単に失敗した計画とみなされてきました。本書はレオニドフの作品が有する魅力を方位磁石としながら進むことで、知らず知らずのうちにそのような大文字の「建築」や「建築史」の圏外、すなわち紙上建築の側から、ソ連建築を眺め直す地点にたどりついていたように思います。一般的な建築史の観点からすれば、暴挙とも蛮勇ともいえるであろうこのような試みを高く評価していただき、大変ありがたく、心強く感じております。

またソ連文化史を論じる際に常について回るのが、権力による創作への介入や作家自身の手による自己検閲という問題です。実際レオニドフと彼のプロジェクトは、党員建築家らの攻撃によってわずか10年ほどの間に人為的に忘れ去られ、作品の多くは建築家自身やその家族の手によって処分されてしまいました。名誉回復後も、革命の熱狂に浮かされた夢想家というスターリン時代に貼られたレッテルは、未だに建築家の名につきまとい続けています。拙論がそのようなスターリン時代から続く呪縛を解くひとつの契機となれば、これ以上嬉しいことはありません。

本書は優れた先行研究、とりわけリスクを冒しながらもアヴァンギャルド建築の価値をいち早く見直し、後進へと繋いでくださったハン=マゴメドフやハザノワらソ連時代の研究者の仕事、さらに日本においてアヴァンギャルド建築を精力的に紹介して下さった八束はじめ先生の著作に多くを負っています。また、学術的な助言から研究室での飲み会まで、さまざまな形で執筆中の私を支えて下さった指導教官の浦雅春先生はじめ周囲の先生方や同輩研究者たち、そして初の単著を出版までサポートして下さった東大出版会の皆さまのご尽力の賜物でもあります。これらのいずれが欠けても、本書がこのような形で世に出ることはありませんでした。最後にこの場をお借りして、感謝を捧げさせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。


奨励賞
小林剛『アメリカン・リアリズムの系譜 トマス・エイキンズからハイパーリアリズムまで』(関西大学出版部, 2014年3月)

受賞の言葉
この度は第6回表象文化論学会奨励賞をいただき、大変嬉しく光栄に思っております。アメリカ美術史という、どういうわけか日本ではどの学会においても隅っこに追いやられてしまっている学問分野の著作に対してこのように光を当てていただけたことは、私だけではなくこの分野に属する仲間の研究者にとっても喜びであります。推薦の労をとっていただいた会員の方々、ならびに審査委員の先生方に心より感謝申し上げます。また、モノとしての書籍の形態に拘りたいという私の思いを、素晴らしいカバーデザインで実現してくれたアーティストのヤマガミユキヒロさんと、それに協力してくれた出版部と印刷所の皆様にもお礼を申し上げたいと思います。

拙著は、今回の候補作のなかで唯一博士論文を元にしたものではないということのようですが、そのために仕上げるまでに大変苦労いたしました。博士号なしで大学に就職できたほぼ最後の世代であると同時に、就職した途端に大学改革の嵐が吹き荒れて否応なしに学部再編の仕事にのめり込まされた者としましては、常に「研究と教育をどのように繋げていくか」ということを考えながらこの本を執筆していくことになりました。本書の少し変わった語り口、つまり、内容的には研究書なのに語っている先は学生という書き方はそのような経緯から来ているわけですが、結果的にそれはそれでよかったのではないかと感じております。ただし、教科書として授業で用いることを当初より考えていたため、価格を抑えるという目的で500枚という枚数制限を課したことが内容面での説明不足となっていることは否めません。今後の課題とさせていただきたいと思います。

本書の内容は、タイトルにある通り「アメリカン・リアリズムの系譜」を19世紀から現代まで辿ったものですが、単に「過去のリアリズム」を歴史的に記述するのではなく、ポストモダニズム時代に生まれた学生たちが「この時代のリアリズム」についてよりよく考えられるようにするための素材を提供するという気持ちで書くことを心がけました。リアリズムという概念は、一般的には「ありのままに描く」という透明なイズムとして理解されているわけですが、実際にはその時代の思想や文化の影響を色濃く受けた「世界認識の方法」として解釈されるべきものです。自分の眼に映る世界をどのように捉えようとしているのか、その捉え方の違いを歴史的に見ることによって、今度は翻って今の時代の「リアリティのあり方」について学生たちには考えを深めていってもらいたいと思っています。

これまでは必ずしも表象文化論学会に深く関わっているとは言えない私の著作にこのような賞を与えていただき誠にありがとうございました。今後は本学会のなかでもアメリカ美術史に関する研究発表が盛んに行われるよう積極的に協力していきたいと思います。


(1)選考過程
2015年1月上旬から1月末まで、表象文化論学会ホームページおよび会員メーリングリストにて会員からの学会賞の推薦を募り、以下の作品が推薦された(著者名50音順。括弧内の数字は複数の推薦があった場合、その総数)。

【学会賞】

  • 河村彩『ロトチェンコとソビエト文化の建設』(水声社)
  • 熊木淳『アントナン・アルトー 自我の変容〈思考の不可能性〉から〈詩への反抗〉へ』(水声社)
  • 小林剛『アメリカン・リアリズムの系譜 トマス・エイキンズからハイパーリアリズムまで』(関西大学出版部)(2)
  • 武田宙也『フーコーの美学 生と芸術のあいだで』(人文書院)
  • 本田晃子『天体建築論 レオニドフとソ連邦の紙上建築時代』(東京大学出版会)

【奨励賞】

  • 武田宙也『フーコーの美学 生と芸術のあいだで』(人文書院)(2)
  • 福田裕大『シャルル・クロ 詩人にして科学者』(水声社)(2)

【特別賞】

推薦なし

選考作業は、各選考委員がそれぞれの候補作について意見を述べたうえで、全員の討議によって各賞を決定していくという手順で進行した。その結果、最終的に 小林剛氏の著作と本田晃子氏の著作が授賞作の候補に残ったが、審議の末、本田氏の著作を学会賞に、小林氏の著作を奨励賞にそれぞれ選出することに決定した (なお、小林氏の著作は学会賞として推薦があったものであるが、選考委員会の判断により、すべての候補作を学会賞と奨励賞双方の候補とすることした)。 (第6回表象文化論学会賞事務局)


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