現代日本文化のネゴシエーション インタビュー2 イェンチン研究所 3

——大変刺激的な活動が展開されているわけですが、これらの新たなプログラムが指し示している方向性のひとつに、比較研究の重要性があるのではないでしょうか? HYIのウェブサイトによると、研究所の新しいイニシアティヴとして「高等教育プログラムAdvanced Training Programs」が紹介されていますが、そこで強調されているのも比較研究のように思います。ウェブサイトには、私自身も参加した「比較文学と世界文学Comparative and World Literature」、それに「草の根社会と大衆文化Grassroots Society and Popular Culture」と「都市研究Urban Studies」という三つのプログラムが掲載されていますが 、まずはこれらのプログラムがどのように機能するのか、そしてそれらを貫くコンセプトがあれば教えてください。「高等教育プログラム」は単に研究者や大学院生を招くのではなく、高等教育機関間でのコラボレーションにもなっているように思いますが、その目的は何ですか?

ペリー このイニシアティヴには二重の目的があります。ひとつは、アジアではまだ比較的展開されていない、人文・社会科学における新たな方法論や研究領域を活性化させることです。そしてもうひとつは、既存のHYIの提携機関以外に所属する研究者との交流を作り出したいということです。これらのプログラムは、アジアにおけるHYIの提携機関で開催され、そこに所属する研究者の寄与によって運営されるわけですが、参加者はその機関の外にも開かれています。プログラムの運営方法には二種類があって、例えばステファン・オーウェンStephen Owen教授が主催した「比較文学・世界文学」プログラムや、ユージーン・ワンEugene Wang教授が現在行っている「東アジア比較美術史」プログラム、また再来年から始まるチベット研究を中国やインドといった多重な視点から捉えることを目的とするプログラムは、ハーヴァードのファカルティがイニシアティヴをとって運営されます。ファカルティはHYIから何の報酬を受けることもありませんが、自らが重要だと思う研究方法や領域に関する大学院レベルの教育と、そのアジアでの活性化のためにこれらのプログラムを主催しています。HYIは、ハーヴァードのファカルティからプログラムの提案があったときに、そのプログラムへの参加者をアジアのどの教育機関から募集するかを検討・決定します。例えばユージーン・ワン教授の「東アジア比較美術史」へは、中国全土の美術大学に募集をかけています。これらの大学はどれもHYIの既存の提携機関ではありません。

——アジアから募集する参加者は、大学院生ということになるわけですか?

ペリー そうです。大学院生に加え、若いファカルティも含まれます。それからもうひとつの運営形態は、HYIのアジアにおける提携機関からのイニシアティヴによって開催されるものです。「草の根社会と大衆文化」と「都市研究」プログラムがこれに当たります。「草の根社会」プログラムは中国社会科学院、「都市研究」プログラムは華東師範大学のイニシアティヴで行われています。今後もいくつかのプログラムが予定されています。南京大学ではこの6月に、現代の社会問題、特に中産階級の台頭とそれが社会の階層化と社会分析に与える影響を考察するプログラムを開催し、また復旦大学とは、アーカイヴ研究の方法論、特に現代の資料を使い歴史と政治の関係を研究する方法に関するプログラムを計画しています。これらのプログラムは、HYIの提携機関の方から、こうしたトピックに興味があるのだがそれに関する教育プログラムを行うためにハーヴァードからファカルティを派遣してくれないかという要望に基づいて、HYIがアレンジして行われます。またプログラム終了後には参加学生の中からごく少数を選抜し、ハーヴァードに研究滞在する機会を与えています。例えば「草の根社会」プログラムには約20名の学生が参加し、そのうち3名がハーヴァードに来て研究を続けています。「都市研究」にもやはり20名ほどが参加し、そのうち1名が来年からハーヴァードに来ることになっています。「草の根社会」プログラムは今年二年目に入り、その参加者の中からもやはり数名を選抜しています。これらのプログラムを通してハーヴァードに来る学生の多くは、HYIの提携機関外に所属する学生です。

——大変興味深い活動ですね。もう少し、そのコンセプトないし、先ほど話に出た新たな方法論というものに関する質問をさせてください。ここで選ばれているトピックが非常に面白いと思うのですが、「文学」・「草の根社会」・「都市」に共通するのは、それらを比較研究する際に、通常とは異なった仕方で比較がなされうるのではないかということです。つまり、これらのいわば広い意味での社会活動は、ネーションを単位とする比較、例えば「中国文学」と「日本文学」、「中国の労働者」と「日本の労働者」を比較するといった仕方ではない方法で比較研究がされるべきではないですか? そうなったとき、例えば現在はこれらの教育プログラムは中国でのみ行われ、ないし計画されているわけですが、その比較をアジアの諸社会を繋げるような形で展開してゆくことは可能ですか? またそうしたときにはどのような研究のパースペクティヴが開けるのでしょうか?

ペリー まず申し上げたいのは、教育プログラムはこれまで中国で開かれてきましたが、その参加者には日本、韓国、香港、台湾からの学生が含まれていました。中国での教育プログラムへの参加は、中国語と英語ができることが条件になっていました。ですが実は今年の春にはちょうどハノイでも比較文学に関する教育プログラムが開催されました。また来年の1月には、ソウルでも市民社会と市民運動、そして新たな民主主義をテーマとした教育プログラムを行うことになっています。このソウルのプログラムには、韓国の研究者のみではなく、台湾、そして東欧の研究者も参加し、やはり比較研究の次元を重視しようとしています。このプログラムを主導しているのはジェゴーシュ・エキアートGrzegorz Ekiert教授ですが、彼のフィールドはポーランドで、共産主義以降の東欧における社会運動を韓国と台湾の状況と比較しながら研究しています。HYIでは、しっかりした学問的根拠と優れたファカルティさえ確保されれば、様々な仕方でこの教育プログラムが開かれることを望んでいます。

方法論に関してですが、HYIとして何らかの特定の方法論が優れているといったようなイメージを特に持っているわけではなく、基本的な考え方は、比較研究を行う多様な研究方法に対して人々の関心を開いてもらうということです。例えば「西洋対東洋」、「中国対日本」、「伝統対近代」などといった硬直した仕方とは異なる方法で比較研究を行うということです。そしてその方法は、ネーション横断的、地域横断的、時代横断的、部門横断的、ジェンダー横断的といった多くの次元に開かれており、特定の研究対象に対してある方法を用いる理由が説明でき、そしてそこから何らかの新しい理解が得られるのであればどんな視点を採ることも可能なのです。教育プログラムで授業を行った研究者は多くの異なる方法論的・理論的伝統の背景を持っていて、授業では何らかの特定の方法論を教えるのではなく、これまで考えたこともなかったような方法論に生徒の関心を開くことを目的としています。その結果、より創造的かつ大胆な考え方ができるようになればプログラムは成功なのです。

234