新刊紹介 | 単著 | 『サラリーマン誕生物語――二〇世紀モダンライフの表象文化論』 |
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原克『サラリーマン誕生物語――二〇世紀モダンライフの表象文化論』
講談社、2011年2月
極々平凡で〈標準〉的な若手サラリーマン、阿部礼二は、日々オフィスに導入される最新型のOA機器に翻弄される毎日を送っている。とはいっても、これは現代の話ではない。1930年代、「新中間層」——すなわちホワイトカラーの給与生活者たち——が都市に溢れ出した頃の話である。本書は、上記の礼二を狂言回しとして、彼の一日を追うかたちで語り進められる。通勤電車の自動開閉扉、会社につけばタイム・レコーダー、カード・ボックス、写真伝送器、マイクロフィルム……。それらの機器は、出勤から退社まで彼を追い回すのである。
著者は、礼二の主人公とするフィクションに続いて、さまざまな事務を効率化する機器の広告、雑誌、出版物における表象を分析し、そこから社会理論へとつないでいく。たとえば礼二の同僚のデスクの上には、穿孔機、大型ホッチキス、電話と並んで木製のカード・ボックスがある。少年向き雑誌に掲載された幸田露伴のカード式検索法の勧めや、アメリカの科学雑誌に載せられた記憶訓練の記事などを参照した上で、ベンヤミンやクラカウアーの社会理論へと進み、効率化のシステムが、近代的主体を機能的な「部分」に解体させていく有様を描写するのである(154-162ページ)。
上記のような事務効率化機器の表象を次々と分析していった上で、著者が到達するのは以下のような地点である。すなわち、そうした効率化機器の論理を支えていた生理学や人間工学の言説の背後にあったのは、20世紀型の人間=機械論——人間や人間の身体をさまざまな機能の集積体として捉える発想——であった。その上で人間はもう一度、ひとつの総体として再編成されるわけだが、そこで理想的な規範的モデルが措定され、そこから逸脱したものは「矯正」の対象とされるというわけである(312-318ページ)。
これまでさまざまな「ポピュラー・サイエンス」、すなわち科学の啓蒙的表象を読み解いてきた著者だけに、この本で取り上げられる事例は幅広い。ここでの諸事例を再考していくことは、20世紀初頭の近代的視覚文化や物質文化を考えていく上でも、よい視座を与えてくれるだろう。(佐藤守弘)