新刊紹介 | 単著 | 『戦後の音楽――芸術音楽のポリティクスとポエティクス』 |
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長木誠司『戦後の音楽――芸術音楽のポリティクスとポエティクス』
作品社、2010年11月
『戦後の音楽』と題された本書が扱うのは「第二次世界大戦後の日本における西洋芸術音楽の創作史」である。著者によれば、本書は「日本戦後音楽史研究会」(著者もそこに名を連ねる)によって「通史」として編まれた『日本戦後音楽史』(上下二巻、平凡社、2007年)のいわば姉妹編であり、通史を補完するための「テーマ史」として構想された。そのために著者がとった視点は「〈運動(ムーヴマン)〉としての音楽史」であった。これはそのまま、本書のもとになった『レコード芸術』誌上の連載(2004年1月~2008年12月)のタイトルでもある。
著者が〈運動(ムーヴマン)〉と呼ぶものは具体的には、GHQの音楽政策、合唱運動、日本の十二音技法、日本の戦後オペラ、戦後の映画とラジオ放送における音楽、戦後の音楽批評であり、これらが本書の七つの章を構成する。そこからも直ちに了解されるように、本書は「戦後の日本における音楽史」としてのみならず、あるいはそれ以上に「音楽を通してみる戦後の日本史」の良書として広範な読者に受け入れられるはずである。
ところで本書が対象とする時代の範囲は「昭和」でも「二十世紀」でもなく「戦後」である。言うまでもなく、一つの時代のまとまりを構想する場合、その「起点」のみならず「終点」も、つねに問題含みのものとして立ちはだかる。先述の『日本戦後音楽史』では「2000年」が(一応の)記述の「終点」となっていたが、「新たなミレニアム」の気分の中で刊行されたこの書はそれでもよかったのだろう。だが「2011年4月」という時点にいる今のわれわれにとってはどうか。音楽にとっての「戦後」はいつ終わったのか。あるいはまだ終わっていないのか。そもそも「通史」を目指していない本書には、この難題に答える責任は無いのかもしれない。だがそれこそが、著者に期待される次の──そして火急の──仕事であるように、評者には思えてならない。むろん「終点」を見定めることは、新たな「起点」を構想することと同義であるからだ。(吉田寛)