新刊紹介 単著 『ジョゼフ・シマ――無音の光(シュルレアリスムの25時)』

谷口亜沙子『ジョゼフ・シマ――無音の光(シュルレアリスムの25時)』
水声社、2011年1月

「シュルレアリスムの25時」叢書は、10冊の評伝からなるシリーズである。存在しない時刻を指す真夜中の闇のもとに集められた10人の文学者と造形作家たちは、いずれもシュルレアリスムの周縁で活動した人物であり、日本ではこの叢書によってはじめて光をあてられることになる作家もいる。たとえば鈴木雅雄氏が率先して紹介してきたルーマニアのシュルレアリストを論じる『ゲラシム・ルカ ノン=オイディプスの戦略』をはじめとして、永井敦子氏の『クロード・カーアン 鏡のなかのあなた』、斎藤哲也氏の『ヴィクトル・ブローネル 燐光するイメージ』、星埜守之氏の『ジャン=ピエール・デュプレー 黒い太陽』、谷昌親氏の『ロジェ・ジルベール=ルコント 虚無へ誘う風』が、その既刊書のうちに数えられる。一方で、シュルレアリスムの造形美術とその歴史がより精確にとらえられるためには、この叢書のおこなう高度な迂回のみならず、基本的な事実の再検討もまだ必要であろう。むしろグループの中心に近かったアーティストの作品研究、それが現代に向けて開いている可能性をめぐる議論も十分にされ尽くしたとはいえない。

谷口亜沙子氏の『ジョゼフ・シマ 無音の光』は、この叢書のおそらく7冊目の本だが、画家ジョゼフ・シマ(チェコ名:ヨゼフ・シーマ)の人生および画歴をクロノロジカルにたどった、帯にある通りシマの「日本初のモノグラフ」である。チェコのシュルレアリスム・グループ「デヴィエトシル」への参加から、パリ時代、1950、60年代の制作に至るまでを語る、ミシェル・レリスの研究者である著者ならではの対象への接近は、読者を、画家とこの画家に魅了された文学者たちをめぐる物語のうちに、そして彼らの詩句のうちに巧みに誘いこむ。シマにとっての光の可視化というテーマ――あるいは、シマにとって光とは「物質(マチエール)」であり、タブローの「素材(マチエール)」であり、作品の「題材(マチエール)」であったというテーゼ――もまた、レリスの詩句にインスピレーションを得て展開される、この本の核心のひとつである。レリス、アンリ・ミショー、ルネ・ドーマルによるテクストの翻訳を収めた巻末の附録「ジョゼフ・シマ讃」も読み応えがある。(阿部真弓)