新刊紹介 単著 石橋正孝『大西巨人――闘争する秘密』

石橋正孝『大西巨人――闘争する秘密』
左右社、2010年1月

1948年に最初の小説「精神の氷点」を発表して以来、25年もの歳月をかけて執筆された大長篇小説『神聖喜劇』をはじめ、『三位一体の神話』『迷宮』『深淵』『縮図・インコ道理教』など、潔癖な文体と批判的な精神によって織りなされる作品をたゆむことなく書きつづけてきた大西巨人。2000年代になって『神聖喜劇』を原作としたシナリオや漫画、ロング・インタヴュー集が相次いで刊行されるなど、大西文学にたいする関心が新たな高まりをみせているが、60年以上にわたる大西の執筆活動に正面から取り組み、その全体像を浮かび上がらせるような試みは、これまでほとんど存在しなかった。そのような状況のなかで、「大西巨人の創作活動の見取り図を作成する」(185頁)ことを目的に掲げた本書は、初めて刊行されたモノグラフィーとして、大西研究における空隙を決定的なかたちで埋めるものであるといえる。だが、本書の射程はそれだけにとどまるものではない。「初期」と「中期」に分類された個々の小説を、「連環体長篇小説」「原光景」「秘密」といった鍵概念を手掛かりとしつつ、ときにヒリス・ミラーやウィルキー・コリンズなどの少々意外な補助線を引きながら、繊細かつ大胆に読解していくことで、大西の作品世界の根幹に潜む「「死」との対話」という契機を鮮やかに浮き彫りにしていく。そして、ここでいわれる「「死」との対話」が、「文学の起源」をなす「世界という無意味」(79頁)とエクリチュールを介して向かい合うことを指している以上、それはまさに、小説の――そして言語の――不可能性に触れるという臨界的な経験にほかならない。要するに、精緻なテクスト読解をつうじて大西文学の全貌を捉えようとした本書は、同時に、文学という営為そのものの(不)可能性の条件を根底から問うているのであり、逆に言えば、かかる真に現代的な問いを徹底的に追及した稀有な試みとして、大西巨人の作品をあらためて位置づけているのだ。大西作品の読者にとって必読であるのみならず、「文学」という制度について思考することを迫る、刺激的な文芸評論である。(竹峰義和)