新刊紹介 | 翻訳 | 『失われた時を求めて 全一冊』 |
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芳川泰久・角田光代(共訳)
マルセル・プルースト(著)『失われた時を求めて 全一冊』
新潮社、2015年5月
本書を全一冊で、という発想は私のものだが、これが出版社の企画としては、女性作家との共訳で、共訳者に日本語をリライトしてもらう、となっていた。私は即決したが、じつにプルーストを訳してみたかったのだろう。
結果、四百字×千枚で、『失われた時を求めて』をどう圧縮し、説明文を入れずに、どのように一個の作品として成立させるかを考えた。原作のおおよそ十分の一の長さだ。そこで「ぼく」の恋に焦点を当てながら、嫉妬をめぐる感情とともに成長する主人公を描くことにした。自ずと、アルベルチーヌとの最後の恋に焦点が集まるようにして、作品の後半に行くほど、物語が濃くなるように工夫したが、物語の中身は濃いままなのに、文章は、軽快で疾走感があって、角田光代のリライトに大いに感心した。
とりわけ、母とのヴェネツィア旅行の部分に、小さな発見をしたので、そこを訳に盛り込んだ。『失われた時を求めて』が、時と記憶を主題にしながら、母をイコン的に、サン=マルコ洗礼堂の祭壇のモザイク画のキリストの母マリアと重ね合わせていることに気づき、母を聖別をしている、という読みを伝えることができたのではないか、と考えている。(芳川泰久)
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