新刊紹介 翻訳 『ボヴァリー夫人』

芳川泰久(訳)
ギュスターヴ・フローベール(著)『ボヴァリー夫人』
新潮社、2015年5月

『ボヴァリー夫人』は近代小説を脱皮させた小説である。『ボヴァリー夫人の手紙』(工藤庸子編訳)を読めば、作家の書くことと文へのこだわりが分かる。だから私は、フローベールの文を途中では切らず、書かれたままのピリオドの位置を守ることに決めた。

この翻訳の難所は二つある。大きく三種類ほどある「そして」の処理と、自由間接話法の処理である。私は、フランス語ではじめてこの現象を指摘したシャルル・バイイの論文を検討し、ニュアンスを訳に活かした。

ところが別の問題が生じた。フローベールは一つの文の途中で、セミコロンで話法をよく変える。作家としては、それがスムーズであるほどいい(だから、気づきにくく、翻訳にとっては困る)。私はそこで、話法が変わったことをどうしても訳に反映させたかった。しかし、文の途中で、話法が変わるのに、ピリオドまで一つの訳文に収める、と決めている。その折り合いに最も苦労した。ちなみに、プルーストは、フローベール論のなかで、この自由間接話法は表象の革命だと言っていて、その一言が私の判断を常に支えてくれた。音がする場面を描く原文じたいに、類音の工夫が集中したが、これは翻訳に活かせなかった。(芳川泰久)

芳川泰久(訳)ギュスターヴ・フローベール(著)『ボヴァリー夫人』新潮社、2015年5月