新刊紹介 編著/共著 『映画とイデオロギー (映画学叢書)』

御園生涼子・堀潤之(ほか分担執筆)
杉野健太郎(編著)、加藤幹郎(監修)
『映画とイデオロギー (映画学叢書)』
ミネルヴァ書房、2015年4月

本論集は、映画とイデオロギーがどのように絡み合っているかを解き明かす9篇の論考から成る。

そのうち6篇は、一本ないし数本の限られた作品に焦点を合わせて、そこにより広範な文脈におけるイデオロギーがどのように折り畳まれているかを読み解いている。トーキーへの移行期に作られた初の日ソ合作映画『大東京』にみられるイデオロギー的交渉(フィォードロワ・アナスタシア)や、『イージー・ライダー』に反映するアメリカのイデオロギー的対立(杉野健太郎)や、ヴェトナム帰還兵映画である『タクシー・ドライバー』に織り込まれたアメリカ史の汚点に関するアレゴリー(大勝裕史)や、返還後の香港の政治的なポジションのアレゴリーとしての、ウォン・カーウァイの『花様年華』と『2046』の〈狭間の時空間〉(藤城孝輔)がそれぞれ綿密に読み解かれるほか、周防正行の『Shall we ダンス?』のハリウッド版リメイクを例に「イデオロギー的実践としてのリメイク」が論じられる(井原慶一郎)。

単一の作品に焦点を当てたもうひとつの論考(御園生涼子)は、大島渚が戦後史を総括したという『儀式』に現れている彼の国家観を浮き彫りにしつつ、「戦後民主主義」というイデオロギーとは何だったのかを問い直す壮大な構えを持つものだ。これが彼女の絶筆のひとつになってしまったことが惜しまれてならない。

残りの3篇は、ひとつの作品という「点」ではなく、あるひとつの「面」におけるイデオロギーの働きに目を向けている。具体的には、日本統治下の朝鮮映画界という「二重言語状態」において活躍した文芸峰という女優を取り巻くイデオロギー的な力学が解き明かされ(李敬淑)、典型的にアメリカ的なジャンルである西部劇が東西ドイツの人気西部劇シリーズでどのようなイデオロギー的変容を被ったかが跡づけられ(山本佳樹)、パレスチナ問題にコミットするゴダールが「反ユダヤ主義」の嫌疑をかけられるという構図が、彼の歴史叙述の方法論との関わりで分析されている(堀潤之)。

言うまでもなく、映画とイデオロギーをめぐる諸問題は、これに尽きるものではない。いわゆる「戦闘的映画」に対する示し合わせたような無関心など、本書に欠落している視点も数多くあるだろう。今後、本書のさまざまなパースペクティヴを批判的に乗り越えるような研究が登場することに期待したい。(堀潤之)

御園生涼子・堀潤之(ほか分担執筆)杉野健太郎(編著)、加藤幹郎(監修)『映画とイデオロギー (映画学叢書)』ミネルヴァ書房、2015年4月