新刊紹介 単著 『イギリスにみる美術の現在 抵抗から開かれたモダニズムへ(比較社会文化叢書)』

石松紀子(著)
『イギリスにみる美術の現在 抵抗から開かれたモダニズムへ(比較社会文化叢書)』
花書院、2015年3月

「20世紀美術におけるプリミティヴィズム」展(1984年)、「大地の魔術師」展(1989年)、「別の物語」展(1989年)は、今では多文化主義的な展覧会の幕開けとして、また西欧と非西欧の出会い直しを象徴する展覧会として知られている。だが、その背景にはどのような力学があったのだろうか。

本書は、当時の文化政策、個々のアーティストの見解、世代間の差異、緊張関係を一次資料とインタビューを通して精緻に読み解いていく。それにより、帝国主義と美術について、そして美術と多文化主義について、とりわけ「ブラック・アート」と呼ばれる領界を通して、イギリス美術界におきた地殻変動を多角的に浮かび上がらせる。

「ブラック・アート」と言ってもその内実は実に多様である。というのも、イギリスでは1970年代後半から80年代において「ブラック」という言葉は特別な意味合いをもっていたからだ。カリブ系、アフリカ系、南アジア系の人びとが人種やエスニシティの違いにもかかわらず、政治的、社会的に周縁化された状況に立ち向かう連帯のキーワードとして戦略的に使いはじめたのである。

著者は言う。近代において一元的に形成されてきた美術史やその言説を「閉じられたモダニズム」と呼ぶならば、それに対して批判的なまなざしを向け、開かれた対話を促す「開かれたモダニズム」は「完成」を目指すというより、むしろつねに「抵抗と対話の循環」を紡ぐ「書き換えのプロセス」たる「未完の物語」である、と。

2015年1月にパリで起きたシャルリ・エブド事件は私たちの記憶にも新しい。この出来事をめぐるさまざまな見解は、現代社会が抱える民族的、宗教的な緊張関係を改めて顕在化した。本書で探求される「開かれたモダニズム」への道は、現在、そして来たるべき未来の社会に向けて、私たち自身が視座を高める、数多くのヒントを与えてくれる。そんな一冊である。(清水知子)

石松紀子(著)『イギリスにみる美術の現在 抵抗から開かれたモダニズムへ(比較社会文化叢書)』花書院、2015年3月