新刊紹介 単著 『デスマスク』

岡田温司
『デスマスク』
岩波新書、2011年11月

おそらく日本人のなかには同じような経験を持つ者も多いのかもしれないが、「デスマスク」という言葉に私が初めて触れることになったのは、夏目漱石のそれの存在をどこかで見聞きしたときのことだった。本書を紐解いてみれば、この漱石のデスマスクの背後には、死者の顔から直に鋳型を取って像を残すという、古代ローマにまで遡る奇妙な風習が、近代に入って音楽家や作家などの天才崇拝と結びつき、それが遠く日本にまで流れ着くまでの、長い歴史が横たわっていることが浮かび上がってくるだろう。それにしても、何とも不可思議で、矛盾に満ちた風習の歴史であろうか。不在と現前のあわいに漂う、「生き写し」ならぬ「死に写し」のこの像は、神聖なものとして崇められたかと思うと、一転して禍々しいものとして忌み嫌われたりもする。このような「弁証法的」とも言える性質を備えるイメージの歴史を、生々しいまでに具体的にたどった本書は、たとえば皇帝のデスマスクは古くから作られていたのに、教皇のそれは例が乏しいということに着目することによって、「王の二つの身体」というよく知られた概念に、新たな視角を投げかけてみせる。同時に本書は、ともすると「美術史」からこぼれ落ちるような、しかし極めて興味深い彫像作品群へのガイドブックでもあり、本書を携えてヨーロッパの美術館や史跡巡りをするのも一興かもしれない。シュロッサー『蝋による肖像の歴史』やバリアーニ『教皇の身体』など、邦訳の待たれる重要な著作にも、本書が良き導入の役割を果たしてくれるだろう。(橋本一径)