新刊紹介

ロラン・バルト
『ラシーヌ論』
渡邊守章(訳)、みすず書房、2006年10月

 タイトルだけは知られているが、実際に読んだ人がほとんどいないという意味においても、あるいはまた、付帯的なエピソードなら世間話的にとはいえ知らないものでもないので、「モノ自体」のほうは最大限の努力をはらってなんとか読まずにすますという意味においても、ロラン・バルトの『ラシーヌ論』は、もはや20世紀の人文科学における「古典」の位置を占めている。しかし本書の古典性はそれだけにとどまるものではない。現在の人文知が、制度的にも倫理的にも到底やりすごすことのできない問題の数々をほぼ提示しつくしているという意味でこそ、『ラシーヌ論』はわれわれにとっての古典--つまり過去の古典ではなく、現在と未来の古典であるというべきだろう。アカデミズムとジャーナリズム。大学と業界。研究と批評。資格認可(バルトの表現でいえば「限られた奸計」)と無鑑査(バルトの論敵であったレーモン・ピカールの表現でいえば「いかさま」)。主体と機能。資料体(ベタ言語)に依存した実証と理論(メタ言語)を援用した解釈。これらはいま、人文科学の対象と方法と文体と立場性のすべてにかかわりながら、単に整然と分割されているのではなくすさまじい葛藤状態に置かれている。そしてそれがわれわれにとっての「フィールド」なのである。いいかえれば、『ラシーヌ論』の古典性は、じつはこれほどまでに「予言的」であるということだ。(竹内 孝宏)