新刊紹介

エヴゲニイ・クズネツォフ
『サーカス―起源・発展・展望』
桑野隆訳、ありな書房、2006年12月

 サーカスは、何重もの意味で周縁・境界に位置しており、そうしたいかがわしさもあって文学、美術、映画その他でさまざまに表象されてきたわけだが、サーカスそのものの実相や歴史となると意外に知られていない。また、日本語で読める文献も限られている。

 その辺の空白を埋めるには、アストリー以降のヨーロッパとロシアの近代サーカス史を詳細に扱った本書がかなり役に立つものと期待される。ここでは、曲馬、高等馬術、アクロバット、パントマイム、ジャグリング、道化芸、動物サーカス、空中飛行等々の特徴と変遷が記されているだけでなく、文化、社会、経済との関係にも十分な注意が払われている。

 原書がロシアで出たのは1931年であるが、その何年か前までのロシアでは「演劇のサーカス化」に代表されるように、サーカスが文化全体のなかで特異な位置を占めていた。またロシア革命直後には、異色の文部大臣がサーカスならではの「身体性」「笑い」「祝祭性」をひときわ高く評価している。本書のような大部のサーカス史の公刊もそうした状況と無関係ではなかろう。訳者が1970年代末(!)に本書の翻訳に着手した背景にも、1910-20年代のロシア・アヴァンギャルドやバフチンの祝祭論への注目があった。(桑野 隆)