新刊紹介

スティーヴン・グリーンブラット
『シェイクスピアの驚異の成功物語』
河合祥一郎訳、白水社、2006年9月

 新歴史主義批評の領袖スティーヴン・グリーンブラットが書いたこのシェイクスピアの自伝は、従来の伝記と一味違う。これはグリーンブラットによるシェイクスピア読解の試みなのである。シェイクスピアの生涯には謎が多く、推測によって溝を埋めざるを得ないが、グリーンブラットは自らのシェイクスピア作品の理解をもってその溝を埋めようとする。人物についての事実と思しきものを述べ立てるのではなく、作品を書いていくシェイクスピアの深層心理を大胆に想像し、作品の意味を吟味し直す――それこそが本書の醍醐味なのである。
 これまでの文学批評は、テクストを所与(given)のものとし、そのテクストをどう読み解くかに専心してきたが、グリーンブラットはテクストをunwrittenの状態にまで遡り、それがいかなる創造力/想像力によって生まれたのかを見極めようとする。換言すれば、「文学作品」なるものがアプリオリにあることを想定していたこれまでの批評と違って、それが生まれてくるところを夢想するのだ。新たな文学研究の手法を示す画期的な本である。
 巻末にニュークリティシズム以降の批評理論について講義した解説がある。(河合 祥一郎)