新刊紹介

井戸美里・松岡心平(分担執筆)
松岡心平(編)『看護日記と中世文化』
森話社、2009年03月

本書は、室町の激動期を生きた後崇光院伏見宮貞成親王の日記『看聞日記』を読み、その時代背景と、そこから読み取られる中世文化の動向を分析するものである。伏見宮家の成立事情、当時の諸権力筋と宮家とのパワーバランス、ディレッタント貞成の芸能者との関わりや文物収集の諸相など、興味をそそる様々なトピックが取り上げられている。とりわけ、日本文化の中枢を占める中世芸能が、当時の社会情勢の中でどのように機能していたかを実地に即して明らかにしている点が、本書の大きな特色であり魅力である。

日本文化史家ドナルド・キーンが夙に着目していたように、古来日本人は実によく日記を書いてきた。貞成のこの日記もまた、単なる故事来歴の〈記録〉にとどまらず、社会の脈動、時代の空気、そしてそこに息吹く人々の様々な〈思い〉を、行間から滲ませている。そのような紙背へと眼光を向け(この場合の「紙背」は文字通りの意味でもあるのだが)、状況にいわば2.5人称的に参与することにこそ、現代のブログ閲覧にも通じるような、日記を読む快楽はあるのだろう。

あとがきによれば本書は、編者が主宰する有志の読書会がベースになっている。日記ならぬ論文集というフォーマットの性格もあって、活字になる前の段階で活発になされたであろう議論の熱さそれ自体はいまひとつ伝わらない憾みはあるものの、行間を読む本書の論述の行間からまた、さらなる議論の展開の可能性が大いに感じられる。集団知としての人文学の可能性を改めて想起させる力作である。(玉村恭)