新刊紹介 |
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長木誠司ほか(編)
『総力戦と音楽文化——音と声の戦争』
青弓社、2008年10月
洋楽文化史研究会のメンバーである8人の執筆者が、其々異なった対象と議論を通して十五年戦争期の音楽文化に光を当てたのが本著である。編者の一人であり導入を担当する戸ノ下は、やはり同じ時代を扱った労作『音楽を動員せよ』(2008 青弓社)を世に出したばかりであるが、この二著は同テーマに関する対照的かつ相補的なアプローチだと言えるかもしれない。「音と声の戦争」という些か穏やかならぬ副題が付けられてはいるものの、本著の焦点はあくまでも戦時期を中心とした「音楽文化」であり、「戦争」ではない。この書が描くのは、戦争が如何に音楽を使役し、その自由と創造性とを奪わせしめたかといった暗い歴史ではなく、戦争という一つの社会的ファクターと強弱様々な影響関係を取り結びながら在った、当時の音楽の諸相である。
そのような諸相を描き出す本著の射程が如何に広範なものであるかは、各章の主題を列挙するだけでも理解して頂けるだろう。「国民音楽」の理念とその実践、映画と流行歌の関係、南方占領地における音楽政策、日本的な洋楽の作曲を巡る論争、国際文化振興会の対外宣伝事業、音感教育と国防政策との関わり、ラジオ放送番組の変遷、等々。これらは、近年までその強すぎる負のイメージゆえ研究の手控えられていた大戦期への取り組みであるという点で貴重なだけでなく、その個性的な切り口自体が日本の洋楽史研究に刺激を与える新しさを含んでいる。この切り口の多様性に執筆者各々の立ち位置や語り口の多様性が合わさって一冊に纏められている点に、この書物の醍醐味がある。と、同時にそこには学問的な戦略も込められている。戸ノ下の前掲書が、「戦争責任」などの大問題に正面から向かうものだったとすれば、本著は、逆にそのような大問題に絡め取られることを拒み、一巻の研究書として如何なる特定のイデオロギーにも与しない為の予防線を、その構成の内に潜ませているのである。この二様の立場から其々本格的な研究書が世に問われた08年が、この分野において記念すべき豊年であったことは間違いないだろう。(山上揚平)