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Alternatives théâtrales
―ベルギーの舞台芸術研究誌、変革期の証言者
熊谷 謙介
2005年のアヴィニョン・フェスティヴァルは、現在の舞台芸術を語る際に触れなければならない事件の一つとして記憶されることになるだろう。これほど毀誉褒貶にさらされた演劇祭は近年なかった。多くの作品に見られた、暴力の直接的な呈示、パフォーマンスやヴィデオ画像の導入などに象徴されるジャンルの撹乱を前にして、メディアはこぞって批判の声をあげた。メディオロジーの創始者レジス・ドゥブレも、若き日に見たジャン・ヴィラールの演劇祭との距離に唖然とし、その声に加わることになる(『アヴィニョン橋の上で』)。2005年のフェスティヴァルの中心となったヤン・ファーブルは、今回の演劇祭は初期のカッセルのドクメンタのような意味を持つのではないか、と反論するだろう。
この事件が露わにしたのは、現在の舞台芸術作品が、旧来の演劇に対する言説によっては把握することができなくなった状況である。この断絶は戯曲中心の演劇という伝統が根強いフランスにおいて顕著であり、「ポストドラマ演劇」(ハンス=ティース・レーマン)は未だに市民権を得ていない。舞台芸術関係者の失業保険制度改革に端を発する2003年の大ストライキと相俟って、舞台芸術は、とりわけフランスにおいて、その美学的・社会的意味を問い直す時期にさしかかったと言える。
ここに紹介するAlternatives théâtralesは、1979年の創刊以来、一年に三号のペースで発行され、2007年5月現在92号を数えるベルギー(フランス語圏)の舞台芸術研究誌である。
http://www.alternativestheatrales.be/intro.html
編集委員は、演出家であり演劇行政にも携わるベルナール・ドゥブルーと、フランスを代表する批評家で、パリ第三大学とルーヴァン大学の演劇研究科で教えるジョルジュ・バニュ。現場と理論の両方に目が届いているのが特徴的で、舞台関係者の寄稿・インタヴューと理論的考察を各号で読むことができる。
前者に関しては、アヴィニョン・フェスティヴァルに臨むヤン・ファーブル、パフォーマンス・アーティスト、マリナ・アブラモヴィッチなどの芸術家のインタヴューや、ドキュメンタリー演劇『ルワンダ94』のグルポフ、メーテルランク『盲人たち』を演出したドゥニ・マルローなどのベルギーで活躍する芸術家たちの特集が目を引く。後者については、例えば「コーラス性」を特集した号では、現代演劇に見られるコロスの復活が、舞台の虚構性を露呈させるまさにポストモダン演劇の条件として論じられる。また、社会の周縁に押しやられている人々とアトリエで共に作り上げたスペクタクルが数多く出現している現状から、「社会空間における演劇=劇場」という問題が導き出され、討議される。
さらに、大判のこの研究誌にはカラー写真が多数掲載されており、作品の視覚的要素を知る上で大変貴重である。とりわけ実際の舞台を見ることが難しい日本の読者にとっては、大きな助けとなるだろう。
演劇雑誌には党派性の強いものや、作品を口実に哲学的・政治的言説を並べ立てるだけのものが多く見られるが、Alternatives théâtralesはその点できわめてバランスが取れている。作品に寄り添いつつそれを演劇の文脈のみならず、舞台芸術さらには芸術一般の観点から論じること、ベルギーでの試みを世界で時を同じくして見られる様々な試みと連関させ、その意義を考察すること(舞踏をいち早く取り上げたのもこの雑誌である)――、「全ての上質な芸術実践に開かれている」(編集方針の言葉)この研究誌は、大きな変革期にある舞台芸術の特権的な証言者として、そして明日のスペクタクルが向かう方角を指し示す羅針盤として存在している。