新刊紹介 編著、翻訳など 『権力の心的な生 主体化=服従化に関する諸理論(暴力論叢書)』

ジュディス・バトラー(著)
『権力の心的な生 主体化=服従化に関する諸理論(暴力論叢書)』
佐藤嘉幸、清水知子(共訳)
月曜社、2012年6月

権力について、私たちはそれをときに自分たちを外部から支配するものとしてとらえがちである。しかし権力は、私たちの主体を抑圧するだけでなく、主体を形成する存在条件そのものであり、この意味で権力への服従はとても逆説的なものなのである。

では、服従において主体が形成される、その心的メカニズムとは何か。つまり、フーコー的な権力理論とそこでは言及されることのなかった精神分析理論とを照らし合わせるとき、権力への服従化と主体の形成はどのように説明できるのだろうか。本書はこの問いを、ヘーゲル、ニーチェ、フーコー、アルチュセール、フロイトの刺激的な読解を通じて探究したものである。

バトラーによれば、社会的な呼びかけはたんに受容され、内化されるのではない。そこには予め「排除」された喪失があり、それによって実現される対象の取り込み――メランコリー的同一化――がある。つまり、社会的権力は呼びかけの失敗により自身を構成する可能性の条件を構成し、逆に主体はそのようなかたちで権力を偽装し、撤収することによって心的なものを仮構しながら生産されるのである。 

原著が1997年に出版されていながら、なかなか日本で紹介されることのなかった本書だが、権力と主体の形成について『ジェンダー・トラブル』以後のバトラーの思考の形跡を理解するうえでもぜひ手にとってほしい刺激的な一冊である。(清水知子)