新刊紹介 編著、翻訳など 『サミュエル・ベケット! これからの批評』

岡室美奈子(共編)
『サミュエル・ベケット! これからの批評』
水声社、2012年3月

本書は若手研究者を中心とするベケット論集である。執筆者の多くは、早稲田大学で10年にわたって行われたベケット・ゼミに全国から集まってきた大学院生や若手研究者だ。ゆえに本書を貫くのは、「不条理劇」とはまったく異なる地平からベケット研究を開始した世代の斬新な発想と柔軟な思考である。たとえば『ゴドーを待ちながら』は、神なき時代の残酷な劇ではなく、人と人との緩やかな結びつきを描いた劇として読み直され、ゴドーという名も後づけに過ぎないことが丹念な草稿研究によって導き出される(西村和泉)。翻案ラジオドラマ『なつかしの曲』をめぐる謎解きが、アイルランドとイギリスの歴史とともにラジオというメディアを鮮やかに浮かび上がらせる(川島健)。後期演劇『モノローグ一片』や『あしおと』を特徴づける〈幽霊的なもの〉が、精緻なテクスト読解を通じて分析される(木内久美子、久米宗隆)。11編の論考は、いずれもこれからのベケット批評の可能性を示している。(岡室美奈子)