新刊紹介 編著、翻訳など 『写真のアルケオロジー』

前川修・佐藤守弘ほか(訳)
ジェフリー・バッチェン(著)『写真のアルケオロジー』
青弓社、2010年9月

一方で、写真メディア内在的な特質に写真の同一性を見るフォーマリズム写真論があり、他方で、写真そのものに同一性はなく、それは外在的な諸々のコンテクストによってその都度決定されると考えるポストモダン写真論がある。写真史家ジェフリー・バッチェンが本書の出発点として論じるのは、こうした二項対立的な写真論の編成である。とはいえ、こうした理論的編成は見かけほど隔たった物ではないと彼は言う。両者は「自然」と「文化」を二者択一的に捉え、前者は不変の「自然」が、後者は可変的な「文化」が写真に同一性を与えるとみなしており、結局のところ、そのいずれかの帰結として写真の同一性を規定することができると考える点において両者は一致している、というのである。

こうした二項対立的な理論的編成を解きほぐすために、バッチェンは1839年の写真の「発明」以前へ、写真の「着想=懐胎〔conception〕」の時期へと遡って行く。1800年前後の7カ国20人の原写真家による科学的言説、文学、絵画等を丹念に読み解き、そこに潜む「写真を撮る欲望」を掘り起こしていく中で彼が見出すのは、自然/文化、現実/表象、見る主体/見られる対象といった現在の写真論でも馴染みの概念が、どちらに帰着することなく揺れ動く差延的な運動の力学である。従来の写真論が写真という同一性を前提としてきたのに対して、本書はその起源へと遡ることによって、そうした同一性から常に逸脱し、差延的な運動を引き起こすメディアとして写真を捉えなおしていく。こうした彼の試みは、こり固まった写真論を解きほぐすのみならず、従来の理論的枠組みが見過ごしてきた、より豊かな写真の実践や経験に目を向けるための重要な視座を提供してくれるだろう。(林田新)