新刊紹介 | 編著、翻訳など | 『パウロの政治神学』 |
---|
清水一浩ほか(訳)
ヤーコプ・タウベス(著)『パウロの政治神学』
岩波書店、2010年8月
聖書を読む者にとって、パウロはしばしば「つまずきの石」(ロマ書9:32)となる。四福音書をはじめとする新約聖書の文書の多くは、複数のユダヤ教およびキリスト教のグループの闘争を背景とする極めて戦略的な文書である。その中でも特定の宛先があるパウロ書簡は、レトリカルでありかつ戦闘的なトーンが強く、前提知識のない者にとっては非常に読みにくい箇所を含んでいるからだ。シュミットに触発されたタウベスは、自らの死の目前に行った連続講義において、パウロ書簡のなかでもとりわけ後世の「信仰義認論」などに大きな影響を与えたロマ書を取り上げ、これを「一つの政治的な神学」として解読した。ここで言われる「政治的な神学」とは、地上の支配を神の代理表象とするシュミットの政治神学とは異なり、世俗的支配をその都度無効化しつつ、水平的な共同体を神によって根拠づけるものにほかならない。タウベスはまた、パウロとの対峙が狭い意味での聖書解釈に尽きず、いわば西欧の近現代精神史との対決にまで通じることを教えてもいる。第一部のロマ書読解に続く、第二部「影響史 パウロと近現代」が描き出すのは、スピノザ、ニーチェ、フロイト、シュミット、ベンヤミン、アドルノといった錚々たる知の担い手たちが、パウロの影響下に形成するコンステラツィオーンである。アガンベンの『残りの時』とともに、現代哲学からのパウロへのアプローチを可能にする極めて刺激的な著作である。(柳澤田実)
[↑ページの先頭へ]