新刊紹介 | 単著 | 芳川泰久『村上春樹とハルキムラカミ――精神分析する作家』 |
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芳川泰久『村上春樹とハルキムラカミ――精神分析する作家』
ミネルヴァ書房、2010年4月
かつて斎藤美奈子は、それ自体ゲーム的と言える村上春樹の小説をめぐって繰り広げられてきた批評ゲームを風刺していたが──この批評は『文壇アイドル論』(文春文庫)所収──、いまふたたび「ハルキ・クエスト」の魅惑によって手玉に取られかねない危険は承知の上であるにもかかわらず、であろう、本書は「村上春樹を追い抜く」ように読者を挑発する(4頁)。本書は、精神分析に依拠することで、「切断」を大きなテーマとする。それは、幼少期に、外部=他者のシステムとしての言語がインストールされ、それ以前/以後が決定的に切断されてしまう、という人間性の根源的条件である。本書によれば、「精神分析が出発する〈ずれ〉というか、〈切断〉の記憶、それより先にはたどり着けないという不可能性を受け入れることから出発する地点をともに共有しているからこそ、村上春樹の物語論理は精神分析に似ているのである」(76頁)。こうした観点から、春樹作品における時間性の問題や、「不気味なもの」の表象などが、綿密なテクスト分析によって明るみに出されていく。さらに『ねじまき鳥クロニクル』と『海辺のカフカ』に関しては、量子力学における多世界解釈へとジャンプし、複数の異なった(別々に切断された)世界の重ねあわせのただなかへ「踏み込む」ことが、春樹文学の「コミットメント」の意義であると主張される。巻末に付された全小説作品のガイドと参考文献表もひじょうに有益であり、春樹研究の基準書として必読の一冊である。(千葉雅也)
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