新刊紹介 単著 橋本一径『指紋論――心霊主義から生体認証まで』

橋本一径『指紋論――心霊主義から生体認証まで』
青土社、2010年10月

接触の痕跡である指紋と身元確認との問題を扱った本書は、意外にも、接触性からは最も遠いはずの「幽霊」で始まる。20世紀前半、交霊の証拠として用いられた指紋と「幽霊」の論考は、以下、「死者」「犯人」「痕跡」「市民」そして「『私』」における身元確認の問題へと続いていき、指紋がいかに接触というできごとを証明してきたか、そして身元を確認するもの/しそこなうものとして用いられてきたかを丹念にたどってゆく。その行程で明らかにされていくのは、指紋の登場によってかえって同一性の迷宮に迷い込んでしまう捜査法や法医学の歴史であり、指紋のあからさまな曖昧さにつけ込むように用いられる心霊指紋や偽造指紋の奇妙な強迫性であり、指紋を採取されること自体がもたらす罪への恐怖である。指紋と対照的なものとして、非接触的なメディアである写真、そしてその被写体である顔が、各所で引き合いに出される。何かと似ることによってしか同一性を示し得ない写真と、痕跡であることの確かさによってしか同一性を示し得ない指紋。両者の対比を繰り返しながら、論考は、心霊を観てしまうわたしたちの認知じたいの禍々しさを次第にあぶり出す。(細馬宏通)