新刊紹介 単著 木村理子『朝青龍よく似た顔の異邦人』

木村理子『朝青龍よく似た顔の異邦人』
朝日新聞出版、2010年9月

1950年代の栃若、60年代の柏鵬、70年代の輪湖を知るぼくは、実力的に過去のペアを上回る(上回りますとも)朝青龍と白鵬の時代が本当の意味で到来しなかったのをさびしく思う。

それ以上にさびしいのは、「青白時代」というのか「龍鵬時代」というのか、そういう名前がマスコミに踊るのをなんとか避けようとする、攘夷の国民感情がこの国を仕切っているのが感じられた点だ。朝青龍を追い出して、白鵬を双葉山と対峙させ、ナショナリズムに基づいたテレビ視聴にもっていくぞ──そんな意志がどこかで働いていたかのような、2010年九州場所であった。

この本に、そんなことは書いていない。「品格」とかいう、いやったらしい言葉を脱構築しようというのでもない。

筆者はもっと近い、インティメートな距離から人の情を見つめる。重要な登場人物が朝青龍の母。頼れる友人として、その生の気持を、文化の壁のこちら側に送り届けようとするインフォーマント木村理子が、本書の一方の側を占める。

だが朝青龍の母との間にある、容易に埋められない距離について著者は、心のとてもテンダーな部分で知っている。その知から、対照的かつ対称的に、著者自身を情的レベルでぐらつかせたモンゴルでの過去が語られる部分が、本章のもう一方の側を占める。

三つめの、モンゴル語モンゴル文化教師としての木村理子が、本書をさりげなくまとめている。その蔽いがなければ、もっと濃い、異文化間愛憎物語を読めたかもしれないとは思うけれど、ともあれ「表象に向かわない文化論」の面白みは、しっかり味わせてもらった読書だった。(佐藤良明)