新刊紹介 単著 岡田温司『半透明の美学』

岡田温司『半透明の美学』
岩波書店、2010年

「透明」対「不透明」の二項対立図式に帰着する、従来的な思考枠組を徹底的に「ずらす」ために、本書では「半透明」という、芸術理論ではあまり耳慣れない言葉が導入されている。この「半透明」なる「曖昧」な概念は、絵画の根源にある神話的メタファー――影・痕跡・水鏡――と通底し、また、「カメラ・オブスクラ」という近代的視覚モデル(そこでは視覚の透明性が前提とされている)と並行して潜在していた、オルタナティヴな認識のパラダイムたりうる可能性も秘めている。さらには、アリストテレスの言うディアファーネス概念とも、「視覚を可能とする媒介物」という点で相通ずる。「半透明」は近代的視覚や認識の脱構築の契機であり、また存在論的・認識論的な二項対立の「あわい」に位置しつつ、その両極を媒介するものである。本書の各章では、このような「半透明」の種々の様相が語られている。

ここで採られているのは、この著者一流のテマティスム的なアプローチである。著者は「半透明」(より正確に言うならば、「半透明的なもの」であろうか)という鍵概念を媒介として、美術史、視覚表象にまつわる諸理論(ならびに理論史)、聖書や古代哲学の言説、モダニズムやポスト・モダンの芸術実践、さらにはメルロ=ポンティ、ドゥルーズ、ジャンケレヴィッチ、デュシャンによって提示された諸概念の間を、縦横無尽に滑走しつつ、ひとつの「星座配置図」を描き出していく。従来の芸術理論や哲学・思想の諸概念を巧みに整理しつつ、既存の硬直した思考形式を鮮やかに突き崩し、そして私たちに新たな知の見取り図を提示するその筆さばきは、見事である。(小澤京子)