新刊紹介 | 単著 | 今村純子『シモーヌ・ヴェイユの詩学』 |
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今村純子『シモーヌ・ヴェイユの詩学』
慶應義塾大学出版会、2010年6月
標題だけみるかぎり、「ユダヤ系女性哲学者」シモーヌ・ヴェイユ(1909-1943)のテクストの読解をもっぱらとしているとおもわれるかもしれない。もちろん的外れな予期ではない。ヴェイユの名を付されたテクストといえば『カイエ』が有名だが、本書はむしろ『初期哲学論文集』『前キリスト教的直観』などに重点がおかれ、ヴェイユによるプラトン、デカルト、カントらの読解が丹念に跡づけられており、教えられるところも多い。
だが、本書はそうしたヴェイユ読解の枠内にとどまらない多角的な広がりももっている。ひとつには、西田幾多郎、鈴木大拙、ハンナ・アーレントらを相手とした比較思想的研究。もうひとつは、今日の自衛隊の問題にまでふみこむ「現実」への視座。そしてとりわけ、5部から成る本書の各部末に挿入された、「Essai」と呼ばれる映画作品論。
にもかかわらず本書から散漫な印象を受けないのは、おそらく、著者の真率な思いもしくは願いが、本書をまっすぐに貫いているからである。思想のことばは専門家の占有物などでは断じてなく、むしろ現実に打ちひしがれ、苦しみや悲しみのただなかにある人びとによってこそ希求されてよい。「詩」「美」そして「愛」を全面的に擁護する著者の思いは、今日こそ、けっして看過されてはなるまい。(三河隆之)
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