トピックス 2

公開シンポジウム「チェコ・シュルレアリスムの80年」

公開シンポジウム「チェコ・シュルレアリスムの80年」


2014年7月19日、公開シンポジウム「チェコ・シュルレアリスムの80年」が、立教大学池袋キャンパスにて行われた。ヤン・シュヴァンクマイエルやトワイヤン等、日本国内でも人気の高い作家が関わっていたチェコのシュルレアリスム運動であるが、その内実が一般にひろく紹介される機会はまだ限られている。1934年のシュルレアリスト・グループ設立から80年を迎える今年、本シンポジウムはチェコのシュルレアリスムについて包括的に知ることのできる貴重な機会となった。

全体の進行としては、まず司会を務めた阿部賢一氏(立教大学准教授)が基調となる発表を行い、続いてパネリストの大平陽一氏(天理大学教授)、宮崎淳史氏(チェコ美術研究者)、ヘレナ・チャプコヴァー氏(早稲田大学助教)、ペトル・ホリー氏(埼玉大学兼任講師)による発表が行われた。

阿部氏の発表「チェコ・シュルレアリスムの軌跡 poezie, báseň, poiesis」は、チェコ・シュルレアリスムの鍵概念である〈ポエジー〉poezieをめぐって、特に当地での運動の理論的支柱であったカレル・タイゲのテクストと作品に沿って運動の沿革を追うというものであった。チェコ語には詩作品を表す言葉としてbáseňという語があるが、それに対してpoezieはより広く詩一般、詩的なものを表す。チェコ・シュルレアリスムの母胎となったポエティスムは、この〈ポエジー〉を基盤として生活をいとなむこと、また芸術と生活を〈ポエジー〉によって結びつけることを企図した運動であった。この生活に遍在する詩性というアイディアが、1930年代に入ってからポエティスムとシュルレアリスムが合流したのちも、そして共産主義体制下でシュルレアリスムが非公式文化とされる中でも、現実、夢、革命、神話といった、かれらの運動を支える諸モティーフの通奏低音をなしてきたのである。

続く大平氏の発表「カレル・タイゲのブックデザイン:ポエティスム、構成主義、シュルレアリスム」は、タイゲのブックデザインを構成主義とシュルレアリスムという二つの側面から概観するものであった。〈ポエジー〉とはタイゲにとって必ずしも言語に依らないものでもあり、ゆえにブックデザインは、言語とイマージュによる複合的なポエジーが交錯する場としてもとらえられる。一方、タイゲは建築理論を通じて構成主義にも深くコミットしており、幾何学的図案を基調とした彼のデザインも、構成主義の影響を色濃く受けていた。シュルレアリスムに関わるようになってからはデザインのスタイルにも変化があり、コラージュを大胆に使用したより感覚的な方向性が目立つようになるものの、それでも構成主義がタイゲのデザインの基盤であり続けたことには変わりがないといえよう。大平氏はタイゲがデザインした書籍のコレクターでもあり、豊富な図版と共にその魅力が紹介された。

宮崎氏の発表「シュティルスキーの詩学:失われた楽園を求めて──絵画・写真・コラージュ・詩」では、チェコ・シュルレアリスムの代表的な画家であるインジフ・シュティルスキーの絵画の展開と、夢と幼少期へのシュルレアリスム的なアプローチを通じて追及された彼の内面世界が検討された。当初キュビスムのスタイルを踏襲していたシュティルスキーの絵画は、マン・レイのレイヨグラフ作品の影響を受けた抽象画を中心とする「人工主義」の時期を経て、1920年代の後半からシュルレアリスムに接近してゆく。1930年代から亡くなるまでの間に制作されたシュルレアリスム期の彼の絵画は、人工主義の時期とは一転して再現的・具象的であり、そこに描かれたオブジェは彼の無意識、夢、記憶と分かちがたく結びつく。特に彼にとって重要な意味を持っていたのは、思い出の品を詰め込んだまま古びてゆく「水槽」と、荒涼とした「母なる大地」という二つのモティーフである。これらは幼少期という「失われた楽園」、自らの死と誕生に結びついた両義的な場へと続く回路であった。

ヘレナ・チャプコヴァー氏の発表「《のんびり貝》──チェコスロヴァキア及び日本のシュルレアリスム美術の越境的探索」では、特に建築を契機として、日本とチェコ、そしてフランスの間でのシュルレアリスムのつながりが考察された。ここでは、芸術家の自宅の建築デザインには芸術家自身の思想が込められているという観点から、モダニズム作家たちの国境を越えたイマジネーションの結びつきを建築空間から読み解く可能性が示唆された。例えば、シュルレアリスムに関心を寄せていた画家三岸好太郎は、自らのアトリエを建設する際、建築家の山脇巌に対して、自分が「夢で見た」通りの、大きなガラス窓と螺旋階段をつけるよう要求したという。また、東郷青児と宇野千代の家には、チェコ・ブルノのトゥーゲントハット邸の他、チェコ・シュルレアリスムの母体となった芸術家集団デヴィエトシルと関わった建築家の作品からの「引用」が存在するという。

最後のペトル・ホリー氏の発表「エヴァ、シュヴァンクマイエル、ヤン」は、チェコのシュルレアリスト、映像作家・美術家のヤン・シュヴァンクマイエルと画家のエヴァ・シュヴァンクマイエロヴァーの足跡を紹介するものであった。日本では映像作家としての側面がよく知られるヤンであるが、ホリー氏は彼の人形劇監督としてのキャリア、そして妻エヴァとのイマジネーションの交流について語った。

振り返ると今回のシンポジウムでは、チェコ・シュルレアリスムそれ自体の内的展開のみならず、構成主義、デザイン、チェコ人形劇、モダニズム建築等、周辺のさまざまな活動との関係も議論の俎上に載せられることになった。シュルレアリスムという複合的な運動の研究を今後進展させてゆくうえで、チェコでの歴史的展開が内的・外的の両面から検討されたという点で、このシンポジウムは非常に意義深い機会であったといえよう。(河上春香)