新刊紹介 | 単著 | 『アメリカン・リアリズムの系譜 トマス・エイキンズからハイパーリアリズムまで』 |
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小林剛(著)
『アメリカン・リアリズムの系譜 トマス・エイキンズからハイパーリアリズムまで』
関西大学出版部、2014年3月
リアリズムは、アメリカという磁場において、表現の一形式という以上に〈世界認識の方法〉であり続け、ときには文化を巡る政治によって抑圧されたり前景化されたりしながらも、歴史を貫きその系譜を辿ることができる。本書はこうしたスタンスに立ち、(特に二章以降は)エドワード・ルーシー=スミスの『アメリカン・リアリズム』を時代順に検証する形をとりながら、トマス・エイキンズからハイパーリアリズムまで、リアリズムの思潮が周期的に回帰してきたアメリカ美術のコンテクストでこの認識方法を辿る。リアリズムの思潮を辿るというその目的から、アメリカの近代化や絵画と写真の交錯といった各章ごとのテーマで言説分析がなされ、また「必要な迂回」として抽象表現主義を巡る文化の政治なども詳らかにされている。
多くの研究書を猟歩しているが、研究のための研究書ではない。本書の出発点に据えられているのは、筆者が日々向き合っているという「リアリティ」を巡る学生と教員の擦れ違いだ。リチャード・ローティの「啓発的哲学」の実践に依り、「マトリックスやシーヘブンに留まる方が「リアル」であると考えている彼ら学生たちと、その外にあると想定される現実世界に触れるのが本当の意味での「リアル」な行為であると暗黙の了解のごとく信じて疑わないわれわれ教員とのあいだの会話」を継続し続けること、そのための手掛かりになることを本書は企図する。
アメリカン・リアリズム絵画の支柱となったのは、写真の存在である。筆者はパースの記号の三分類やロザリンド・クラウスの「指標論」を参照しつつ、対象との類似性を指摘できる本書での絵画を類似記号、写真を指標記号ととらえて作品を分析し、アメリカン・リアリズム絵画の核に指標性を見出していくが、その先で最後に「純然たる類似記号」であるデジタル写真の時代に立ち至ったハイパーリアルな状況を語って本書を閉じる。本書を契機に、リアルについてであれ、写真についてであれ、パースの記号論であれ、議論や会話を継続するのが、本書の求める読み方だ。アメリカ美術についての書物の刊行が日本で少ないなかで、本書は単なる概説書でなく、いまに目を凝らしつつ軸を立てた書物であることを、ここに記しておきたい。(日高優)