新刊紹介

山口 裕之ほか(訳)
カール・クラウス『黒魔術による世界の没落』
現代思潮新社、2008年04月

世紀転換期からナチスによるオーストリア併合の直前まで、ウィーンで活動した批評家・諷刺家カール・クラウスの第一次世界大戦前後のエッセイ集。主著の一つである同時期の戯曲『人類最期の日々』ときわめて密接なテーマ的連関性を持っている。

この戯曲とともに黙示的な標題が目を引くが、「黒魔術」とは、印刷用黒インクによるジャーナリズムの所業を指している。クラウスにとって、言葉の本源性から最も離れてしまったジャーナリズムとは、単に「出来事」によって報道の「言葉」が生み出されるメディアであるというだけではなく、むしろその悪しき言葉によって悪しき出来事を生み出す黒魔術の体現者である。このことは、本源的な言葉が根源にある世界(「自然」)と分かちがたく結びつく魔法のような状況の対極にある。批評家クラウスが戦争、近代技術、ジャーナリズム、市民的モラルを呵責ない諷刺の言葉で攻撃するとき、それは世界・言葉の本源性に対する芸術家クラウスの愛情に支えられたものとなっているのである。

コンマ一つのために裁判を起こすほどの徹底的に考え抜かれた言語表現、エロティックなまでの言葉への献身により詩人よりも先に存在する思想を言葉のうちに描き出そうとする独特な言語思想、引用を通じて言葉の身振りの虚偽性を暴露する手法など、クラウスは、ベンヤミン、アドルノ、ヴィトゲンシュタイン、カネッティ、シェーンベルク、アードルフ・ロースをはじめとして、数多くの思想家・作家にきわめて大きな影響を与えている。この著作はおそらく、クラウスの著作の中でもとりわけ、ベンヤミンが「クラウスにおいていたるところに見られる反動的な理論と革命的な実践とのあいだの奇妙な移り変わり」と指摘した特質を典型的に示しつつ、そういったクラウスの中心思想を最も集約的に表しているものといえるだろう。(山口裕之)