小特集 座談会 「アートと思想と批評をめぐる出版の可能性」

座談会「アートと思想と批評をめぐる出版の可能性」木村元×小林えみ×櫻井拓|聞き手:柿並良佑、江口正登、池野絢子

出版の未来とは?

── 今後の課題というお話になってきましたので、翻訳も含めて出版全体の今後についてご意見を伺いたいと思います。すでに教育や文化の保護といった論点が挙げられましたが、出版という視点からこの点についてさらに議論を深めていければと思うのですが、いかがでしょうか。

櫻井:先程小林さんが語られたように、人文やアートの出版の場合は、大規模なエンターテイメント産業としての出版産業とは異質であることを前提として公共性を重視して考えることで、出版市場の外にある可能性を考えられるということがあると思います。僕がそういうことを考える動機は、率直に今の日本のあり方に対して強い疑問があるからです。グローバル化が叫ばれるわりには、政治も国民も他者の歴史や文化、宗教といったものに対するセンシティヴィティを欠落させている。それはやはり教育の問題であり、人文系出版が闘わなければならない場所だと思います。その意味で、著者買い上げや大学による出版助成など、現在すでに存在する市場補完的な採算改善策の枠を超えて出版の公共性を議論し、そのことで社会的な投資を呼び込めるようにすべきだと考えます。
投資というと聞こえは悪いのかもしれませんが、僕は人文書の出版においても投資はあっていいと思っています。それは短期の利益追求のための投資ではなく、本来国が行なうような、超長期の、社会の一般利益を考えた投資です。人文書の出版は社会の文化的な資本を作る仕事なので、その理念に共鳴する個人や組織がお金を出してくれれば、やれることが広がってくると思います。実際に最近では、クラウド・ファンディングで製作費を用意して出版される本も増えてきたわけですよね。狭義の市場において採算を取ることだけにとらわれず、あの手やこの手を編み出しながらなんとかやっていくことがとても大事だと思います。

── そうした個人的な投資なども含めて、出版社の側からファンディングに関して、ある程度組織的・系統的に募ろうとしていくような動きというのは、一般的にはあまりないのでしょうか。

櫻井:展覧会カタログの出版などで、美術館と出版社の協力関係が事実上ファンディングになっているとか、財団の出版助成とかはあると思いますが、組織的なものはおそらく今のところないと思います。

── 櫻井さんは先ほど、本を作るという過程には不可避的に他者の手が入り込むということを強調されていました。このことと、木村さんが先ほどおっしゃったような「見知らぬ読者」──これも他者ですね──という問題はつながるでしょうか。いかに出版にハプニングを呼び込むのかと言い換えられるかもしれませんが、いかがでしょう。

櫻井:ハプニングを呼び込むということで言うなら、クライアントから頼まれた仕事で美術展のカタログを1,000部製作して、印刷所から納品されてきたのを見たら、全部函がずれていたことがありました。(一同笑い)

── そういう本当の意味でのトラブルも、当然あり得るわけですね(笑)。

櫻井:おっしゃる通り、ハプニングというよりトラブルです(笑)。
話を戻すと、たとえば本のデザインや造本を考えるときに、もちろん今生きている読者にどのように見せるか、伝えるかを考えますし、本としての読みやすさや流行のことも考えます。しかし僕がそれより気になるのは、書体やタイポグラフィのこと、組版にしても活版から写植を経てDTPへ、という流れの中に今自分たちが位置しているという歴史的な事実のことです。出版は複数の技術の集合体ですが、それはすなわち複数の歴史の集合体であるということです。断片的な現在の想念を絶対化しがちな今の社会的状況においては、そのことが忘れられがちなのではないでしょうか。(編集者の長島明夫さんが個人で編集発行されている『建築と日常』という建築雑誌の最新号No. 3-4が、「現在する歴史」という特集を組んでいます。「今、ここ」の断片的な感覚の絶対化に抗し、現在のなかに歴史を見出すべきだというモチーフに強く賛同します。)
現在のような断片化の時代にこそ、今申し上げたような意味での歴史を、出版においても考え直すべきではないかと思います。したがってハプニングを呼び込むということであえて言うなら、歴史上のリソースを参照しつつ、現在と未来の不可知性の中で最大限に試行錯誤しながら出版物を社会に問うていくことが、未来の「ハプニング」を呼び込む可能性を担保してくれると信じています。

小林:ヤバい、一番いいとこ言われた。(一同笑い) これが私のハプニングだ(笑)。
櫻井さんともよく話していて、今きちんと売って読まれることが前提ですが、100年後の読者に恥ずかしくない本作りをしたいと思っています。さっきの書籍が紙に固定化されたコンテンツで、という話とつながって、ある時点のあるコンテンツというのを、歴史に位置付けてきちんと作っていくということが必要だと思っています。

── 事前に小林さんからいただいたメールの中には、いかに読者や書き手を育てるかという話題がありました。先ほどの教育の話のつながりで言えば、そうしたことを含めて文化をどう育てていくのかというのが、より大きな問題意識であったと思うんですね。そういう意味では本というのはまずは商品であって物でもありますが、広い意味での「場」でもあると言えます。という話を今、まさにしていただいたのかなと思います。

櫻井:今の出版界は、悪い意味でマーケティング的すぎると思います。読者のニーズを探ることに熱中し、あたるであろうと思われている本、思われていると思われている本、思われていると思われていると思われている本、と、幻想の美人投票をしがちです。そして内発的なモチベーションが不在のまま出版を繰り返し、書き手や企画を消尽してしまう。それによって人材の長期的な育成が困難になっているように思います。その悪循環をどうにか切断したい。
「多くの場合人々は、自分が欲しいものを見せられるまで、何が欲しいかわからない」というスティーヴ・ジョブズの言葉がありますが、読者のニーズ通りの本を作ることは、ある意味では読者を侮辱していると僕は思います。読者は予測できる満足よりも、予測外の驚きのほうを求めているのではないでしょうか。欲しいと思っているものが欲しいのは当たり前のことで、むしろ、欲しいと思っていなかったけれども「こんな本があるのか」「この本があってよかった」と思ってもらえるような本を作り、売るべきです。
そのためにはやりたいようにやるしかないと思い、『ART CRITIQUE』は、編集を僕が1人でやっていて、デザイナーを1人頼んでいるだけなので、実質2人で作っています。「大変じゃないですか?」とよく言われるんですけど、(それなりには)大変ですよね(笑)。

小林:なんかもう、呻き声しかでてこない(笑)。

木村:そうですね。何が大変かって言うと、著者に催促されるという状況がもうずっと続いておりまして、それはもう本当に申し訳ないなというのが、ずーっとストレスになって続いています。

櫻井:それは本当によくわかります……。

── 著者が催促というのは、「もう原稿を出したが、いつ本として出るんだ?」ということですか。

木村:そういうことですね。うちは、僕らも含めて6人体制なんですけど、その中で本の企画と編集をやっているのは、僕と鈴木の2人だけなんです。あとは営業担当がひとりと、それからNHK交響楽団のパンフレットとホームページの編集を請け負っているので、そっちの専従スタッフが2人です。時間がないというのは、本当に悩みではありますけれども、結局はやりたいことをやって結果こうなっているので、全然文句も言えないんですけどね。

── それでは最後に読者、研究者に対してご意見をお願いします。

小林:私は人文書の編集としては初心者で、この『ニュクス』をつくりました。「エコノミーって何ですか」「ラカンって何ですか」というところから、知ったふりをせずに、話を聞かせて頂きました。本をつくらなければいけないという私の場合の個人的な必要性は置いておいて、堀之内出版での話に限らず、理工書でも法律でも、単純に「今知らないこと」を専門家から教えてもらうのは、どの分野でも面白かったんです。役に立つ・立たない、必要不要ではなく、知らないことを知る楽しみが、だれにでもあり得る。
研究に関しては、ご自身がやりたい研究を追求してもらいたいですね。生活を含めた現実としては、ニッチなテーマで研究を続けていくことの大変さは沢山あると思うので、そこは無責任な、編集者から執筆者へ、という状況を限定しての発言で恐縮ですが、何かしらその人が面白いと思って追求されていることは、誰かが共有できるんですよ、どんなに狭い領域であっても。流行や読者目線を意識する、ということも読まれるという点では重要ですが、そこは編集者がアドバイスできるので、私たちが出来ないことを追求してもらいたいです。

木村:そうですね、編集者ってたぶん、立場としては素人なんですよね。あるテーマについて、玄人である著者がいて、その人はその研究なりそのテーマなりを追いかけてきた人であって、それに対して編集者は──「最初の読者」という言い方もされますけども──著者が最初に出会う他者というか……。編集者は、門前の小僧よろしく知識を蓄えることもあるわけですけれども、極端に言えば内容に関して全然知らなくても本は作れます。私も音楽の勉強を本格的にして、この世界に入ったわけではありません。音楽之友社には、音大出身者もいましたけれども、ほとんどは素人の音楽好き、加えて本好きという人たちが、それをこじらせてこういう仕事をするようになるわけですよね。そのこともまた、もしかしたら誤読というか、ある種のハプニングというか、そういうものを呼びこむ契機になっているのかもしれない。
そもそも、本ができるということ自体が、ハプニングかもしれないですよね。そうやって残った物には、たぶん著者にとってもある種の他性が内包されている。さっき「取り返しのつかない」という言い方が出ましたけれども、自分の思考から、こんな物ができてしまった。それが、後代に残ってしまうわけです。単に著者が精魂込めてこういう物を作りましたというだけじゃなくて、やっぱり編集者という他者が関わるからには、何か出来上がった物、出来上がる過程にさまざまな化学変化というか、全然思ってもみなかったハプニングがあってこういう形になっている。それが、自分が編集をやっているということの醍醐味でもあるし、そういうことを積み重ねていく過程で、おそらくなんらかのずれとかいろんなことが生じて、「場」が広がっていくんじゃないかなという気がします。

櫻井:お二人のお話にすごく共感します。追求された研究や批評、芸術作品は本当に素晴らしいもので、編集者は、立場としてはそれを感受する初心者であり素人だと思います。著者の作品に魅せられ、それを伝達可能な一般性で包装して社会に問う。その意味で著者の思考や表現に感染してしまう率直さと、それをどう伝達するかを客観的に考えて実行する冷静さが必要な仕事ですよね。編集という仕事には、場を作ってゆく面白さと責任があると感じます。
木村さんが「化学変化」ということをおっしゃいましたが、私も、著者と編集者がキャッチボールをしながら本を作るということがすごく重要だと思っています。お互い他人で、別々の論理で動くので、著者がやりたいようにいかないこともあるし、編集者が持っていきたい方向に持っていけないこともある。さらには会社の事情もある。いろいろな理由でいろいろな方向に導かれ、最終的にハプニングとして出来上がるのが本だと思います。「この編集者は頼りないな」と思われて、逆に著者がものすごく奮起してこれまでにない素晴らしい作品を書き上げることもありますし。(一同笑い)

── そういう育て方があるんだ(笑)。

櫻井:教育にもそういうところがありますよね。師匠がしっかりしていればいいかというと、そういうものでもない。編集や出版は、そういう不思議なところ、答えが読めない部分を含んでいる、すごく面白い仕事だと思っています。

── 親はなくても子は育つ方式ですね(笑)。

櫻井:「自分は今後の出版にはこういう可能性があると思う」という人が、研究者の中からも、読者の中からもたくさん出てくるといいなと思います。そしてその中の一部の人が、出版社を立ち上げたり、編集者を始めてくれたらなおいい。結局は、「出版の可能性を一緒に試してみませんか。面白い本を作りませんか」というのが、僕が研究者や読者の方へいちばん呼びかけたいことです。

── まだまだお聞きしたいことがたくさんあるのですが、お時間が来てしまいました。様々な論点が出ましたが、編集者と研究者が意見交換していくことの重要性を何よりも感じました。ぜひ今後も継続的にこうした場を持つことができればと思いますし、そこから具体的なアイディアやアクションの可能性が様々な形で広がっていけばと思います。本日は本当にどうもありがとうございました。


[プロフィール]

木村 元(きむら・げん)
1964年京都府生まれ。書籍編集者。株式会社アルテスパブリッシング代表取締役。国立音楽大学評議員。上智大学文学部哲学科を卒業後、1988年音楽之友社に入社。辞典、理論書、研究書を中心に200冊以上の音楽書の編集を担当。2007年独立し、鈴木茂とアルテスパブリッシングを創業。2008年、片山杜秀『音盤考現学』『音盤博物誌』が第30回サントリー学芸賞と第18回吉田秀和賞をダブル受賞。2011年、三輪眞弘『三輪眞弘音楽藝術』が第61回芸術選奨文部科学大臣賞、椎名亮輔『デオダ・ド・セヴラック』が第21回吉田秀和賞を受賞。同年、「ジャンル無用の音楽言論誌」を標榜する雑誌『アルテス』を創刊。2013年9月から電子版に移行しマンスリーで配信中。

小林 えみ(こばやし・えみ)
1978年東京都生まれ。堀之内出版にて編集・営業担当。新刊に『ニュクス』創刊号、『労働と思想』。近刊として2015年7月に『前衛のゾンビたち──地域アートの諸問題(仮)』、2015年秋に『ニュクス』第2号「特集 ドイツ観念論と理性の復権」を発行予定。

櫻井 拓(さくらい・ひろし)
1984年宮城県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科修了。フリーランスの編集者。京都市在住。作る本のジャンルはアート、経済、人文科学など。美術批評誌『ART CRITIQUE』を編集発行。BLUE ARTという出版レーベルを主宰、新刊の福士朋子『元祖FAXマンガ お絵描き少女☆ラッキーちゃん』が発売中。2015年夏には『メディウムの条件』という展覧会のドキュメントを刊行予定。


※ 本座談会で言及された『日本メディアアート史』、『労働と思想』については本誌新刊紹介ページも是非ご覧ください。リンクは以下のとおりです。
『日本メディアアート史』 http://repre.org/repre/vol24/books/01/04.php
『労働と思想』 http://repre.org/repre/vol24/books/02/04.php

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