小特集 | 座談会 | 「アートと思想と批評をめぐる出版の可能性」 |
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新しい小規模出版のかたち
── 現在日本では、特に学生の間で人文的教養を求める風潮が減退して、文化・芸術・思想を扱う出版事業がたいへん困難な状況に直面しています。そもそも「文章とイメージを流通させる」という機能は、もはや出版物というパッケージの輪郭を必要とせず、ウェブ上で随時生成するあり方へと不可逆的に置き換えられつつあるようにも思われます。しかし一方では、電子出版の一般化や出版技術のパーソナル化を背景に、少人数による機動力を発揮した意欲的な出版事業者が出現するといった新たな動きも見られます。以上のような状況をめぐって、出版の最前線で活躍される皆様のご意見を伺えれば幸いです。まずは自己紹介をお願いします。
木村:アルテスパブリッシングの木村です。私は音楽之友社という音楽の専門出版社に19年間おりまして、同僚の鈴木茂と2007年にアルテスパブリッシングを立ち上げました。そこから丸8年になります。アルテスの出版物の9割方は音楽関係の書籍ですから、音楽之友社以来、基本的にはずっと音楽書籍を作ってきたということになります。
2011年には『アルテス』という季刊誌を出しました。3.11の大震災と原発事故を受けて、ミュージシャンたちが何を感じ、考えているのかを知りたいという切実な思いから、創刊号の特集は「3.11と音楽」と題して、坂本龍一さん、ピーター・バラカンさん、高橋悠治さん、大友良英さんなどにご登場いただいたところ、たいへん話題になり、「ジャンル無用の音楽言論誌」というキャッチフレーズとともにアルテスパブリッシングの看板のひとつになりました。
特集スタイルの雑誌として4号発行したのち、2013年9月からは電子版に移行し、マンスリーで配信しています。まずPDF版をリリースし、その後電子書籍の標準フォーマットのePub版とAmazon Kindleの専用フォーマットであるmobi版を出したのち、平均2週間後にプリントオンデマンド(POD)による紙版を120~150部刷って、注文に応じて販売しています。どこかの電子書店で販売するのではなく、制作から宣伝・販売まですべて自前でおこなっていますので、正直読者を増やす点では苦戦していますが、口コミで少しずつ浸透してきている実感はあります。決済もPayPalのシステムを導入していますが、小口決済が簡単にできるので、最近ウェブサイトをリニューアルするにあたってすべての書籍のページにPayPalボタンを付けました。むやみに読者数を増やそうというよりも、むしろ電子版雑誌を中心とした「ファンクラブ」のようなかたちに育てていければと思っています。
『アルテス』VOL.01 2011 WINTER(特集〈3.11と音楽〉)
アルテスパブリッシング、2011年11月、本体1,300円
2013年3月までに4巻を刊行したのち、同年9月から電子版としてマンスリーで配信中
公式サイト
小林:堀之内出版の小林えみです。1978年生まれで、短大の新卒で理工関係の出版社に入社してから、編集職として何社か専門書の出版社を転職、2013年8月から堀之内出版で活動しております。
堀之内出版は雑誌『POSSE』を発行するためにNPO法人POSSEの支援者の方たちが出資して立ち上げられた会社です。私は偶然ボランティアとしてPOSSEに関わっていたときに、『POSSE』以外の単行本も発行しましょうという話になって入社しました。それから『POSSE』以外の書籍は一人で編集、DTP、営業を担当して発行しています。今年1月には『Νύξ(ニュクス)』という思想の雑誌を立ち上げました。
『nyx』創刊号
堀之内出版、2015年1月、本体1,800円
櫻井:フリーランスの編集者をしている櫻井拓です。1984年生まれです。2010年に大学院の修士課程を出て、そのあと水声社という人文科学・芸術・文学などを専門とする出版社に勤めました。そこを1年ほどで辞めて、それからは会社には所属せず、フリーで本の編集の仕事をしています。現在、京都に住んでいます。
私は仕事の柱が2つあります。1つは文字通りいわゆるフリーの編集者としての出版物の編集の仕事です。出版社に本の企画を持ち込んでその本の編集をしたり、取材やトークの構成や編集、校正など出版社の企画の編集作業を手伝ったりしています。特に美術に関する本や印刷物の仕事の割合が多いです。美術展のカタログや批評書の編集を請け負ったり、美術家やデザイナーと一緒に実験的な印刷物を作ったりしています。今までに編集に携わった本に、ロズウェル・アンジェ『まなざしのエクササイズ』(大坂直史訳、フィルムアート社)という写真論の本や、原田裕規編『ラッセンとは何だったのか?』(フィルムアート社)という美術批評の論集、埼玉の所沢で行なわれている「引込線」という美術展の2013年のカタログなどがあります。
仕事の柱の2つめは、個人をベースとした出版事業です。今年から、BLUE ARTという出版レーベルを始めました。経緯としては、私は2010年から『ART CRITIQUE』という美術批評誌を編集・発行しているのですが、今後は雑誌だけではなく単行本や写真集、アーティストブックなども自分の版元から刊行していきたいと思い、始めたというわけです。本は書店でも買えますし、自社からの直販として、stores.jpというプラットフォームにオンラインストアを設けています。
『ART CRITIQUE』は、毎号800部〜1,000部ぐらいの少部数で刊行してきました。2014年の5月に4号を出したときには、東京の谷中にあるHAGISOというスペースで、刊行記念に「メディウムの条件」という展覧会を開催しました(この展示のドキュメントを2015年夏に刊行予定です)。会期は10日間ほどでしたが、その間に会場で雑誌が60冊ほど売れました。僕は、ふだん美術に近い場所で出版に関わっているので、今後の出版のあり方の1つとして、展覧会と出版とを関連させることの商業的・批評的な可能性を考えたいと思っています。
『ART CRITIQUE n.04 メディウムのプロスティテューション』
constellation books、2014年5月、本体2,200円
── ありがとうございます。今回広報委員からこの3名の方に座談会をお願いしたのは、①少人数で編集活動をされていて、比較的新しい出版社を立ち上げられているという点と、②近年新しく雑誌を出されていて、新しいものづくり、本作りをされているという点が、共通項として挙げられると考えたからです。
言い換えるならば、2000年以降の人文系出版の現在について最もよく現場を知っている方々であろうということで、お願いをした次第です。
なぜ新しく違う形態で編集活動を立ち上げたのかという経緯や、少人数で行うことのメリットなど、既存の方法とは違う点についてもう少しお伺いしてもよろしいでしょうか。
木村:私も、共同経営者の鈴木も音楽之友社の労働組合に所属していたのですが、そうすると、団交のたびに会社からいろいろ数字を見せられる。会社側は数字が良くないから給料は上げられませんとかボーナスは出せませんというような話をするわけですが、これは人数が少なかったら回していけるんじゃないかと思ってしまったわけですね。音楽之友社はそれなりに何十人と抱える会社でしたから、とうぜん本を作らない人たちも食わせていかなければならない。でも、自分たちで作り、かつ売り、経理などもこなしていけば、なんとか鈴木と僕の2家族ぐらいは食っていけるんじゃないかと。
もうひとつは、音楽之友社に入社して18年間、書籍を作り続けていたのですが、そこで初めて人事異動を経験し、教科書の編集長をやれと言われたんです。音楽之友社は高校の音楽の検定教科書を作っていまして、文科省の検定が4年サイクルなのですが、たぶん1クールでは放免されない。2クール8年ぐらいはやらなきゃいけないだろうと予想しました。そのときちょうど42歳だったので、8年経ったら50歳。ちょうど自分の思うように本を作れるようになってきたころだったんです。ここで8年も間を空けるのは嫌だなと思ったのと、さっきの会社の数字をなんとなく見てきたということが重なって、辞める決断をしました。最初はひとりで出版社をやろうと考えていたのですが、先に会社を辞めてフリーで編集をやっていた鈴木と連絡をとって、そこでなんとなく話が盛り上がり、一緒に会社を作ることにしました。
小林:私の場合は、それまでも転職を経験していたので、今回に限っての決意は特にありません。ただ、堀之内出版のような蓄積がないところで、一から全部自分で出版を引き受けようと思ったのは、編集もそうですし、営業に関しても『POSSE』はそれまで普通の取次による流通に乗せていたんですけど、あとでお話しするトランスビュー取引代行方式に切り替えさせてもらったことなど、これまでの出版経験の中で疑問をもっていた様々な既存のやり方を見直して、自社に対してもそうですが、出版界の状況をよくしていく一助になれるのではないか、ということは考えていました。
櫻井:僕が小規模で個人でやろうと考えた目的は、木村さんがおっしゃったことと共通すると思います。DTP(デスクトップパブリッシング)がもたらした変化も大きいのではないでしょうか。DTPの導入により印刷までのプロセスが簡素化していくと、組版も外注せずにできるし、デザインも社内でできるということになってくる。そうすると組版代やデザイン費など、理論上コストが浮く部分が出てきます。
この、コストカットできるということは別の方向から言うと、小規模で出版をやることのメリットとダイレクトにつながると僕は思っています。それはDTPというものの可能性とも関係します。『工作舎物語』(左右社)を書かれた編集者の臼田捷治さんが、インタビューで面白いことをおっしゃっています。クリティカルな論点だと思うので、そのまま引用します。
「最初は印刷と出版が一緒でしたよね。印刷技術が発明されたグーテンベルクの時代は印刷と出版が分かれていませんでしたし、DTPという概念を提唱したアルダス社の由来ともなったヴェネチアのアルドゥス・マヌティウスも出版人であり印刷人でした。出版の原初のあり方に戻りつつあるのではないでしょうか。DTPはデスクトップパブリシングでありデスクトッププリプレス──つまり印刷の手前までは机の上でできるようになるという概念ですが、今はもうすでに当たり前のものとして定着しています。印刷が産業化により規模が大きくなり、出版と離れていたのが異例だったのかもしれません。」(「継承される本とデザイン──臼田捷治(『工作舎物語』著者)インタビュー」、強調は原文ママ、DOTPLACE、http://dotplace.jp/archives/17664)
福士朋子(著)
『元祖FAXマンガ お絵描き少女☆ラッキーちゃん』
BLUE ART、2015年1月、本体1,400円
僕は小規模で出版をやることの製作面における可能性はここにあると思います。書籍や出版物は、詰まるところ「印刷物」です。印刷物は、工業的な技術による複製メディアであることで、いわば「それ自体」が社会に流通することができますし、それは大きく言えば民主主義やモダンデザインの理念とも共鳴してきました。DTPが印刷の前段階までの「デスクトッププリプレス」の工程をシンプル化することは、編集者やデザイナーといった、出版に関わる個人の理念を、工業的技術による媒介を通じて社会にダイレクトに発信していく可能性を示していると思います。
さらに言うと、出版の原初の、かつ今後重要なあり方として、僕は編集者や出版者個人の内発性を重視したいと考えています。BLUE ARTが刊行した単行本第1弾は、福士朋子さんという美術家が描いた『元祖FAXマンガ お絵描き少女☆ラッキーちゃん』というマンガの本です。ユーモラスかつエッジの立った「美術あるある」マンガなのですが、このマンガは元々、著者が限られた友人宛にFAXで私的に送信していたものです。解説で林道郎さんが書いてくださっていますが、連載を続けるためにネタを探すというような側面が皆無で、描かれるテーマもペースも、著者の内発的動機に貫かれたものです。
採算をとらなければ出版事業を続けることができないのはもちろんですが、そのうえで言えば、このマンガではありませんが、「作りたい本を作り、その価値を伝えたい」という原初的な内発性へ立ち戻ることができるということが、自転車を漕ぐために自転車を漕ぐことが常態化した現在の出版界における、個人を基礎に据えた小規模出版の可能性だと思います。同じように自転車を漕ぐにしても、漕ぎたくて漕ぐほうがいい。本当に作りたいと思ったものを作り、その魅力を伝えて買ってもらう。そのようなベーシックなプロセスを一から考え直し、再構築すべきだと思っています。