新刊紹介 | 単著 | 『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか アニメーションの表現史(新潮選書)』 |
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細馬宏通(著)
『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか アニメーションの表現史(新潮選書)』
新潮社、2013年10月
副題には「アニメーションの表現史」とあるが、より正確にいえば「アメリカン・アニメーションの表現史」である。この領域については、特にアメリカのアニメーション・スタディーズにおいて歴史や表現論などすでに数多くの成果があるわけだが、それらの先行研究と比較してとりわけ優れているのは、この本を読んでいると、20世紀前半のアメリカという国において、アニメーションの歴史を作り上げてきた人々の息遣いが感じられてくるという点である。当時の時代風俗や技術史、興業史などを紐解くのみならず、それらの要因が、その時代を生きた作り手たちの思考のフレームワークをどのように形作ったのか、そこまでこの本は踏み込んで考えていて、結果的に、過ぎ去った時代で生きた人々の世界が眼前に立ち上がってくるのだ。(この本を読みながら『ヒューゴの不思議な発明』を思い出してしまった。)
このやり方は、おそらく本国の研究者にとっては、対象に対する近さゆえになかなか難しいことなのではないか。そういう意味で、アメリカから遠すぎない日本という国ならではのアプローチなのではと思う。そして、そのようなアプローチは、結果的に、私たちの鑑賞体験を変える。この本はなによりも、私たちがいかにアニメーションを「見ていなかったか」「聴いていなかったか」、そのことを痛感させる。この本は多数の歴史的な作品を取り上げるが、私たちはいかに(たとえばWikipediaで得ることのできる程度の)既知の情報と知識、評価を通じてしか見ていなかったのか、そのことに気づかされる。
アメリカン・アニメーション以外に対する包括的な見通しが述べられる終章の議論はかなり慎重に受けとめる必要があるが、20世紀前半のアメリカという親しみがあるようで実は遠い世界、そこに生きていた人々への想像力を活性化させ、そのことが新たな世界の見え方の創出にまでつながっていくこの本は、アニメーションという分野に限ったものではない、非常に有益な教本としての役割も果たせるのではないかとも思う。(土居伸彰)