新刊紹介 単著 『映画人・菊池寛』

志村三代子
『映画人・菊池寛』
藤原書店、2013年8月

1920年代後半に一世を風靡した大衆メロドラマ映画の原作者――映画人・菊池寛の一般像とは、おおよそこんなところではないだろうか。菊池の代表作『受難華』や『第二の接吻』は、大正後期から昭和初期にかけての比較的自由なブルジョワ女性を主人公とした点で、旧来の新派劇に対しては先進的であるが、同時期に勃興しつつあったプロレタリア文学・映画や前衛芸術に比べ、後進的である。同時代において商業的大成功を収めたことも相まって、菊池の関わった映画作品はこれまでの映画学において、過渡期に位置するものとして位置づけられてきた。

本書において志村氏が描き出す「映画人・菊池寛」像は、こうした従来の見解を大きく超えるものである。志村氏は、1920年代から戦中・戦後期に至るまでの菊池寛と映画の関わりを捉えるために、「メディア・ミックス」というタームを持ち出す。続いて、『受難華』や『第二の接吻』といったよく知られた事例をも、同時代に勃興した大衆メディアとの関わりという新しい視点から論じるのである。また志村氏は、どちらかというと先進的な「傾向映画」と見なされることの多い、溝口健二によって監督された『東京行進曲』(1929年)をメディア・ミックスという観点から論じ、さらには、志賀暁子のスキャンダルと『美しき鷹』(1937年)の関係、さらに戦時下における菊池寛と戦争の関わり(大映での社長職、雑誌『日本映画』における役割など)へと議論を進めるのである。本書の第一の功績は、以上のように多岐に渡る菊池寛と映画の関わりを、その複雑性をそのままに捉えた点にあるが、戦中期の映画作品『西住戦車長伝』(1940年)、『剣聖武蔵伝』(1944年)、『かくて神風は吹く』(1944年)に対する綿密なテクスト分析も含んでいることを付記したい。(滝浪佑紀)

志村三代子『映画人・菊池寛』藤原書店、2013年8月