新刊紹介 | 翻訳 | 『散種』 |
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郷原佳以(共訳)
ジャック・デリダ(著)『散種』
法政大学出版局、2013年2月
本書は、1967年の三部作『グラマトロジーについて』、『エクリチュールと差異』、『声と現象』につづき、『哲学の余白』と共に1972年に刊行された、初期デリダ代表作の翻訳である。「本文」に目配せを送りつつ、「序文」そのものの逆説的ステイタスについて問い直す「序文」である「書物外」につづくのは、1968年から1970年にかけて、当時全盛を誇っていた前衛理論誌『テル・ケル』に掲載された、「プラトンのパルマケイアー」、「二重の会」、「散種」の3篇である。
なかでも、プラトン『パイドロス』においてソクラテスが語るエクリチュールの発明をめぐる神話(「テウトの神話」)とそれをめぐる対話をエクリチュールのパルマコン(毒=薬)的性質に注目して読み解く「プラトンのパルマケイアー」は、デリダにおける原エクリチュール概念や現前の形而上学批判の原点としてたえず立ち返るべき最重要の論考である。だが、それだけではない。プラトンのテクストから隠れた「パルマコン」を取り出してくるデリダの手つきが実に見事で、脱構築は何よりもまず「読むこと」の実践であることをまざまざと示しており、端的に読み物として面白い。他の2篇に関しても同様のことがいえる。「二重の会」はマラルメの短いテクスト「黙劇」の細部にわたる文献学的読解、「散種」はフィリップ・ソレルスの小説『数たち』の間テクスト的読解を通したミメーシス論、また書物論、引用論、そして文学論であり、「イメーヌ(処女膜=婚姻)」や「散種」という概念を生んだ重要な論考であるが、同時に、解釈の提示にとどまらない実践でもある。実際、本書が同時期の他のデリダの著書と比べて際立っているのは、テクスト自体のパフォーマンス性である。プラトンやマラルメの従来の読みを根底から覆すような読みを提示しながら、そのテクスト自体がフィクションになり(「プラトンのパルマケイアー」)、詩になり(「二重の会」)、「引用の織物」(「散種」)となる。
以上のように、本書はまぎれもなくデリダの理論的原点であると同時に、『弔鐘』や『絵葉書』へとつながってゆく「戯れ」のデリダの原点でもあり、理論とパフォーマンスの双方においてデリダの魅力がつまった著作であるといえよう。
なお、日本語訳は英訳などと異なって、引用出典をできる限り明らかにし、訳注を付している。とりわけマラルメ研究者である訳者による「二重の会」の訳注は詳細で、有益である。(郷原佳以)