新刊紹介 単著 『ドストエフスキーと小説の問い』

番場俊
『ドストエフスキーと小説の問い』
水声社、2012年12月

新訳をきっかけにした近年のブームとは明確に一線を画したドストエフスキー論。神や悪をめぐる深遠な思想からも、作者の人格や作品の構造の分析からも遠く離れて本書が取り組むのは、「小説とは何か」という原理的な問いである。19世紀の言説空間のただなかで、〈現実〉ないし〈世界〉を描きだそうとする小説というプロジェクトがいかに条件づけられていたか、ドストエフスキーの格闘をとおしてその輪郭が縁取られてゆく。複数の声が一枚の平面上で散乱する新聞メディアの特性、告白の成立条件を外面的なものから内面的なものへと変えた司法改革、小説と社会学や精神分析の対抗関係など、刺激的な洞察に満ち満ちている。にもかかわらず、バフチンの「フットライトの破壊」という構想の分析から出発した著者にふさわしく、本書は言説空間の布置をすっきり見通してみせはしない。〈世界〉の見通しを疎外されることが〈世界〉への欲望を生む、という19世紀的事態に忠実に、フロイトの夢分析にも似た手探りの感覚で視野を切りひらこうとする叙述の緊張感が、本書を際立って魅力あるものにしている。(乗松亨平)