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第7回表象文化論学会授賞式

学会賞
田口かおり『保存修復の技法と思想 ―古代芸術・ルネサンス絵画から現代アートまで』(平凡社)

受賞の言葉

表象文化論学会賞という大変名誉ある賞を頂戴いたしましたことを、心から光栄に思っております。

今回選出していただいた本は、二〇一四年度に京都大学大学院人間・環境学研究科に提出した博士論文が元になっています。受賞に際しまして、まず、指導教官である京都大学の岡田温司先生に心から御礼を申し上げます。岡田先生のゼミは多種多様な研究テーマを抱えた学生達が集まり、それぞれの講読や研究発表に対し全員が活発な質疑応答で切り込んでゆくという、大変刺激的かつ緊張感に満ちたものです。先生に研究のすべてを一から教えていただき、先輩や後輩の皆様から貴重なご意見をいただきいた日々は、生涯の糧となりました。論文の副査をつとめてくださった先生方、本を完成まで導いてくださった平凡社の松井純さんと水野良美さん、拙著の書評や紹介をご執筆くださった先生方、そしてご多忙のなか審査に携られた先生方にも、この場をお借りして厚く感謝申し上げます。

私は大学を卒業した2004年にイタリアに渡り、フィレンツェ国際芸術大学の絵画修復科に入学しました。州公認修復士の資格を取得し就業するための非常に濃密な学びの場で、私が一番苦労した講義が「修復理論」です。議題となるのは、保存修復学のパイオニア的存在であるイタリアの美術史家チェーザレ・ブランディの著書『修復の理論』(1963)でした。芸術作品の保存・修復の目的をイメージの継承に見出し、作品の「外観」の保存が「構造」のそれに優先すると考えるブランディは、フッサールの現象学やゲシュタルト心理学の応用を試みながら修復介入の射程を論じます。ブランディの難解な論述は、発刊以降現在に至るまで、あまりに理想主義にすぎ、現実への適応力にかけるものとされることも多く、イタリアで学んでいた当時の私も、実際の職業現場と20世紀の修復をめぐる言説との間によこたわる大きな隔たりと混乱を前に当惑していました。

この二者間の断絶を解消するためには、ブランディの理論の成立の過程を精査し、彼が示した理論が実践といかに切り結ばれていたのか―あるいはいなかったのか―を具体的な修復事例をふまえて歴史的かつ理論的に検証しなくてはいけないのではないか、と考えたことが、私の研究の端緒となりました。本書では、保存修復の理論と技法を「可逆性」「判別可能性」「適合性」「最小限の介入」という四つの観点から捉え直し、保存修復の使命と倫理をめぐるブランディの思想とその影響下で行われた修復実践が、時間や同一性、記憶、アーカイブなどをめぐる哲学的かつ根源的な問いを浮き彫りにしてきた経緯を、実証的に検証することを目指しています。

思えば、現代美術と保存修復をめぐる問題などいまだ未解決の問題が山積みである新たなフィールドに切り込むにあたって、私が初めて発表をさせていただいた場が、表象文化論学会でした。入会以来、刺激的な発表や学会員の皆様の目覚しいご活躍ぶりに感動していた私が、今日このように栄えある賞をいただけたことがまだ信じられないような思いでおりますが、この受賞を皆様に背中を押していただいた貴重な機会であると捉え、今後いっそう研究にはげんで参りたいと思っております。この度は、本当にありがとうございました。

(1)選考過程

2016年1月上旬から2月中旬まで、表象文化論学会ホームページおよび会員メーリングリストにて会員からの学会賞の推薦を募り、以下の作品が推薦された(著者名50音順。括弧内の数字は複数の推薦があった場合、その総数)。

【学会賞】

・大久保遼『映像のアルケオロジー ―視覚理論・光学メディア・映像文化』 青弓社
・田口かおり『保存修復の技法と思想 ―古代芸術・ルネサンス絵画から現代アートまで』 平凡社(2)
・浜野志保『写真のボーダーランド ―X線・心霊写真・念写』 青弓社

【奨励賞】

・大久保遼『映像のアルケオロジー ―視覚理論・光学メディア・映像文化』 青弓社
・田口かおり『保存修復の技法と思想 ―古代芸術・ルネサンス絵画から現代アートまで』 平凡社

【特別賞】
推薦なし

選考作業は、まず各選考委員が学会賞、奨励賞それぞれの賞に相応しいと思われる候補作を挙げて意見を述べた後に、各候補作についての全員による討議を経て各賞を決定していくという手順で進行した。その結果、最終的に田口かおり氏の著作が学会賞に選出された。また奨励賞に関しては、賞の性格、意義などを鑑みながら慎重に議論が重ねられたが、今年度は該当作なしと決定された。

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