新刊紹介 | 編著/共著 | 『松本俊夫著作集成I 一九五三─一九六五』 |
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松本俊夫(著)
阪本裕文(編)
『松本俊夫著作集成I 一九五三─一九六五』
森話社、2016年5月
『松本俊夫著作集成』全4巻は、劇映画、実験映画、記録映画、ビデオアートなどの諸領域を越境する創作活動を行うと同時に、多数の映画理論や評論を執筆し、その一方で数々の映画運動の組織者でもあった松本俊夫の、1953年から2012年までに書かれた著作を包括的にまとめた集成である。
松本の単行本は、これまでに『映像の発見』(三一書房 1963)、『表現の世界』(三一書房 1967)、『映画の変革』(三一書房 1972)、『幻視の美学』(フィルムアート社 1976)、『映像の探求』(三一書房 1991)、『逸脱の映像』(月曜社 2013)という6冊が刊行されている。しかし、既存の単行本に収録された文章の数は、松本の著作全体と比較すると、その半数以下に過ぎない。これまでに抜け落ちてきた文章は、政治運動に関わるもの、映画運動に関わるもの、美術や演劇に関わるものなど多岐に及ぶ。そこで、この著作集成では、その膨大な著作から大多数の文章を選出し直したうえで、初出を底本としながら編年体で構成するという、ほとんど著作全集に準ずるような編集方針をとっている。松本のような多面性を持つ作家の理解・研究においては、このような包括的な集成の刊行は、きわめて重要な意味を持つものだといえる。
また、この著作集成は、戦後復興期から現在に至るまでの映画や芸術と、それを取り巻く状況の変遷を、松本を通すかたちで浮かび上がらせるという役割も担っている。例えば、I巻が扱う1953年から1965年とは、政治的前衛と芸術的前衛の統一が叫ばれた時代であり、多くの作家が政治運動と創作活動のあいだで苦悶を続けていた。先ごろ復刻された『「記録映画」復刻版』(不二出版 2015-2016)を併せて読むことで、読者は当時の松本の立場を通して、より明確にこの時代の空気感や作家の問題意識をつかむことができるだろう。
さらにII巻以降では、1960年代後半の社会運動にともなって進行した、映画や芸術の変革期を扱ってゆく。このような時代を駆け抜けた松本の言説を時系列的に辿ることとは、当時の劇映画、実験映画・個人映画、記録映画をめぐる重層的な相互関係を、巨視的に映画運動として読み直すことに等しい。現在の国内の映画言説では、『薔薇の葬列』(1969)などの劇映画によって知られる映画監督としての松本と、数々の実験映画やビデオアートによって知られる実験映像作家としての松本ですら、重層的に把握されているとは言い難い。今や、劇映画、実験映画・個人映画、記録映画をめぐる言葉は、本質的に分離してしまっている。それは1960年代末に開始された、敢えてスクリーンの表層にとどまるという方法が批評のあり方を変えたことの一つの帰結であるが、今回の著作集成の刊行が、峻別された国内の映画言説の現状に、一石を投じるものになれば幸いである。
次巻以降の刊行予定は以下のとおり。
II 一九六六 — 一九七一(2016年末刊行予定)
III 一九七二 — 一九七九(2017年刊行予定)
IV 一九八〇 — 二〇一二(2017年刊行予定)
(阪本裕文)