新刊紹介 単著 『ロバート・アルトマン 即興性のパラドクス ニュー・シネマ時代のスタイル』

小野智恵(著)
『ロバート・アルトマン 即興性のパラドクス ニュー・シネマ時代のスタイル』
勁草書房、2016年3月

ロバート・アルトマン監督の個人様式は、「即興性」という常套句によってこれまで繰り返し説明されてきた。本書で著者が目指すのは、この即興性という使い古されたクリシェに立ち戻り、ニュー・ハリウッド期におけるアルトマン作品の実験的音声・映像的表現手法を再吟味し、クリシェによって隠蔽されたアルトマン独自の芸術的革新性を見出すことである。本書が指摘するのは、まさに本書のタイトルが指し示すとおり、アルトマン作品に関する批評空間において長年君臨してきた即興性に秘められたパラドクス(逆説)である。

本書では、ニュー・ハリウッド期のアルトマン作品は実験映画ではなく、ハリウッド映画、すなわちナラティヴ映画(=物語映画)であるという前提で議論が進められる。そこで著者がアルトマン作品の独創性を感受するために比較対象として選ぶのは、古典的ハリウッド映画の発展において洗練された規範的特質―本書ではとくに1)「中心性」、2)「明瞭性」、3)「深奥性」、4)「一致性」および「連続性」―である。これらの特質は、観客がハリウッド映画の登場人物たちと同一化し、物語を安心して受容することを約束する。主に4章で構成された本書は、アルトマンがこうした古典的ハリウッド映画の規範を踏襲した上で、製作当時の最新テクノロジーを駆使しながら即興性という言葉で説明される以上の音声的・映像的表現方法を確立したことを明らかにしていく。

まず第1章では、総勢24人の主人公が登場する『ナッシュビル』(1975年)のナラティヴ構造がもつ遍中心性と呼ぶべき特質が、同じく複数の主人公の物語が描かれる『グランド・ホテル』(エドマンド・グールディング、1932年)などのナラティヴ構造との比較を通して考察される。著者は、映画学者デイヴィッド・ボードウェルがかつて提唱したネットワーク・ナラティヴに対して、『ナッシュビル』の構造を「オーヴァーラッピング・ナラティヴ」と名付ける。この著者の画期的な提案は、アルトマンが用いたマルチトラック録音システムに着目することで導かれ、複数の主人公の物語が音声(台詞)同様に重なり合い、別々に共存する独自の構造を見事に証明している。

ハリウッド映画において、何らかの目的に向かって突き進む主人公のモチベーションは物語を統一する重要な要素である。それが曖昧なとき、観客は不安になり、物語は説得力を失う可能性が高いからである。第2章で著者は、ニュー・ハリウッド期のアルトマン作品をめぐる言説において、主人公のモチベーションの欠落を問題視する批評を手掛かりに、そうした主人公の表象の要因をショット・サイズ、レンズ(超望遠/広角)やフォーカスの差異、フィルム加工技術(ポスト・フラッシング)、アイライン・マッチといった映像表現方法の観点から分析する。

第3章で著者は、『ギャンブラー』(1971年)を題材に、ズーム・ショット、特に被写体に近づくインの運動によって生成される「裏切り」の効果について論じる。著者は、ズーム・ショットが古典的ハリウッド映画において長年ドリー・ショットの単なる代替手段として捉えられてきた事実を指摘し、またアルトマン作品におけるズーム・ショットが即興的にナラティヴの場面転換のみを担うという認識を刷新しようと試みる。そこで著者が着目するのが、被写体の顔に対するインの(奥行きあるいは深さを表現する)運動が彼/彼女の外面および内面を描写するという従来の約束事がいかにアルトマンによって無効化されるかという点である。なかでも興味深いのは、背景音楽と映画タイトル(『ギャンブラー』の原題はMcCabe & Mrs. Miller)がズーム・インによる約束事の裏切りと密接に関わり合い、観客を驚かすという議論に結び付けられている点である。映画音楽とナラティヴ構造との連関性に対する著者の関心は、つづく第4章にも継承されている。

第4章では、レイモンド・チャンドラーによる同名のベストセラーを原作としたアルトマンの『ロング・グッドバイ』(1973年)が取り上げられる。私立探偵フィリップ・マーロウを主人公とする本作は、小説から映画へのアダプテーションの過程において変化したマーロウ像に対して違和感が表明されてきた。また、先行研究はニュー・ハリウッド期に製作された本作を「修正主義ジャンル映画」である「ポスト・ノワール」の一本として位置付けており、それがフィルム・ノワールという映画ジャンルのみならず、マーロウ像を新しい型へと修正した特徴としてあげている。著者は、こうした『ロング・グットバイ』に関する批評背景を踏まえた上で、本作におけるメロディ、不明瞭な顔の表象、多用されるズーム、そして因果性を欠いた暴力を詳細に分析することにより、映画主題歌《ザ・ロング・グッドバイ》の歌詞が本作に投げかける謎を解き明かしていく。

以上、ここまで概観した以外にも多層的な議論が本書には詰まっている。アルトマン作品に親しい読者であればあるほど、新鮮な発見をするであろう。それは、著者のクリアな文章によって織り成される至極丁寧な分析とその洗練された方法論によって可能になる。また、本書がニュー・ハリウッド期のアルトマン作品と古典的ハリウッド作品との比較を通して展開することから、様々な時代からの映画を見直しながら読み進めることで本書を最大限に満喫することができるだろう。映画研究に携わる者にとって、本書は必読の一冊である。(久保豊)

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