新刊紹介 単著 『アルテ・ポーヴェラ 戦後イタリアにおける芸術・生・政治』

池野絢子(著)
『アルテ・ポーヴェラ 戦後イタリアにおける芸術・生・政治』
慶應義塾大学出版会、2016年3月

「芸術を生の縁へと運ぶこと」(本書91頁)——これはアルテ・ポーヴェラの運動の様態をよく示す言葉であろう。

本書は、1960年代のイタリアに誕生した「アルテ・ポーヴェラ」という美術運動の全体像を明らかにしたものである。

アルテ・ポーヴェラはその名の通り、「貧しい芸術」である。未加工で粗末な素材を用いたこの運動は、従来の絵画や彫刻といったジャンルを解体していくものであった。本書の「結論」で著者は、アルテ・ポーヴェラにおける「貧しさ」の概念がいかなるものであるかという議論へと立ち返っていく。そこで問われているのはアルテ・ポーヴェラにおける「イタリア」という地である。すなわち、この運動はイタリアという地で生まれ、そのことが彼らのアイデンティティの主軸にあったわけである。さらに、主導者であるジェルマーノ・チェラントによってそれが「イタリア性」を帯びた芸術運動として国際的に発信しようと試みられたことは、まさしく芸術の持つ政治性の問題を喚起させる。しかしそれは言説の領域でのことにすぎない。実際に作品を目の当たりにした時に観者が抱く印象は多様であるはずだ。それは、各々の作品自身は、チェラントの掲げる理念のように一貫したものではないためである。作品と言説のこうしたギャップに対して著者は、「生」を扱う芸術としてのアルテ・ポーヴェラを提起していく。では、この芸術にまとわりついている「生」を経験することは果たして可能なのだろうか。

本書では、作品とそれにまつわる言説を注意深く検討することによって、アルテ・ポーヴェラの抱えるジレンマを暴き出す。この視点は、同時代の他の芸術運動との連関を考慮することで戦後美術の担わされてきたある種の宿命の探求へと向かうものであるかもしれない。いまだ蓄積の多くない戦後美術史研究において、本書のように綿密な一次文献の精査を基にした研究書は、今後この分野における活発な議論の助けとなることだろう。(鍵谷怜)

池野絢子(著)『アルテ・ポーヴェラ 戦後イタリアにおける芸術・生・政治』 慶應義塾大学出版会、2016年3月