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ワークショップ:心霊写真の文化史
――メディアテクノロジーの発展と亡霊表象の変遷
2014年2月1日に、早稲田大学総合人文科学研究センター「イメージ文化史」部門主催のワークショップ「心霊写真の文化史――メディアテクノロジーの発展と亡霊表象の変遷」が、同大学の戸山キャンパスにおいて開催され、浜野志保(千葉工業大学准教授)、前川修(神戸大学准教授)、橋本一径(早稲田大学准教授)の三名による発表を中心に、会場を交えての活発な議論が繰り広げられた。
浜野は「奇術師vs幽霊――心霊写真の“作り方”」と題された発表において、「デバンキング(debunking)」と呼び習わされる、主として20世紀初頭の英米で展開された、心霊写真師たちのトリック破りの争いを紹介した。科学者たちは心霊写真の「非科学性」を暴き出すため、そして奇術師たちは心霊写真師たちのトリックが自分たちよりも稚拙であることを示すために、それぞれ「デバンキング」に精を出し、いずれにおいても心霊写真はあっさりとトリックを見破られることが多かったという。浜野の議論は、こうした経緯が詳細にたどり直すことにより、心霊写真をめぐる論争が、常に「真か偽か」の二元論に還元されてきたということを確認するとともに、心霊写真をこのような二元論から離れたところで語ることは可能かという、問題提起をするものだった。
「機械のあいだの幽霊――ポスト・ビデオ的心霊表象」と題された、続いての前川の発表は、上記の浜野による問題提起を、まさしく正面から引き受けるものであったと言える。前川はまず、初期のスピリチュアリズムから、1970年代の投稿写真、さらには心霊ビデオからJホラーまで、いわゆる「心霊的なもの」が、メディアの形態の変化に寄り添うように、新たなメディアにそのつど適応してきたことを確認した。その上で前川は、イメージにおける「幽霊」が、「インデックス」論から、近年の「ポストメディウム」論に至るまで、イメージをめぐる思想の展開をそのまま体現していることを示唆し、「動画」時代における「幽霊」を語ることが、新たなイメージ論の展開をもたらしうる可能性を示した。
最後に橋本が、「オーラの痕跡――イポリット・バラデュックの科学的心霊写真」と題する発表を行い、19世紀末から20世紀初頭にかけての心霊主義的な写真実践の中から生まれてきた、「オーラ写真」をめぐる言説を紹介した。オーラと呼ばれる写真上の不定形の染みは、現実には存在しないものの表象であり、だからこそそれは「幽霊」である。しかしおよそ写真に写るものとは、すべて現実に存在するものの痕跡だと言い切ることができるのだろうか。橋本はこの点に、いわゆる「インデックス」論とは別の写真論を展開する可能性を見出し、ディディ=ユベルマンの「型どり」をめぐる議論などとの関連を示唆した。
これらの三者の発表のあとに行なわれたディスカッションでは、ほぼ満席に近いオーディエンスからも多くの発言が寄せられ、予定の時間を超えて議論が続けられた。心霊写真をめぐる議論が、断続的に生じては廃れる一過性のブームにとどまることなく、イメージの本質にかかわる問題であることが示唆され、「本当か嘘か」「信じるか信じないか」という二項対立とは別の形で心霊写真を語る可能性の一端を示すことができたと思う。(橋本一径)