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シンポジウム:科学知の詩学
──19〜20世紀のフランス・ドイツにおける科学と文学・芸術

シンポジウム:科学知の詩学──19〜20世紀のフランス・ドイツにおける科学と文学・芸術


2013年12年7日に、東京大学駒場キャンパスにおいて、「科学知の詩学──19〜20世紀のフランス・ドイツにおける科学と文学・芸術」と題されたシンポジウムが開催された。主催は日本学術振興会科学研究費助成事業「科学の知と文学・芸術の想像力――ドイツ語圏世紀転換期の文学についての総合的研究」、共催は南山大学地域研究センター共同研究「19~20世紀のヨーロッパにおける科学と文学の関係」であり、19世紀から20世紀前半にかけてのヨーロッパにおける科学と芸術の関係をめぐって、ドイツ文化の研究者とフランス文化の研究者がパネリストとして交互に発表をおこない、最後にコメンテータを交えて全体討議をおこなうというかたちで進行した。

シンポジウムの主題については、趣旨文というかたちでまとめたものがあるので、それを引用しよう。「19世紀後半から20世紀初頭にかけてのヨーロッパでは、医学や生理学、心理学など、人間の心と身体を対象とする経験諸科学が急速な発展を遂げた。そして、そこで獲得された科学知の多様な成果は、犯罪学や法医学といったかたちで、政治権力による個人と社会の規律・管理の手段として応用されていく一方、ときに写真術や映画などの新たな技術メディアとも結びつきながら、オカルト的な心霊科学の諸流派を産み出したり、文学者や演劇人の詩的想像力を刺激したりしたのである。本シンポジウムでは、この時代のフランスとドイツにおける科学知と芸術との関係を、「心霊科学と文学」「犯罪と表現」「身体とメディア」という三つの観点から考察することをつうじて、科学、芸術、思想、メディアによって織りなされるエピステモロジー的な布置状況を明らかにする」。このように、本シンポジウムは、心理学や医学といった科学知の展開と同時代の文学・芸術との相互関係について、フランス語圏とドイツ語圏の事例を比較・対照しながら、心霊、身体、政治、メディアなどの多様な観点から検証する試みだったといえるだろう。

第一部「心霊科学と文学」では、まず、真野倫平氏(南山大学教授)より、「グラン=ギニョル劇と心霊科学の諸問題」と題された発表がおこなわれた。そこでは、1920年代に執筆・上演されたグラン=ギニョル劇に繰り返し登場してくる催眠術や死後の生といったモティーフをめぐって、その背景をなす心霊科学の発展の歴史が、19世紀の精神科学、交霊術、テクノロジー(電信、X線……)などとの関連を踏まえながら考察されるとともに、グラン=ギニョル劇のなかに心霊科学への批判的なまなざしが潜伏していることが示された。つづく鍛治哲郎氏(東京大学大学院教授)による発表「医学・生物学とゴットフリート・ベン――ドイツ語圏世紀転換期の文学における〈霊魂〉の行方」は、ゴットフリート・ベンの初期の表現主義的な詩作品のうちに、当時の医学や生物学にまつわる言説がいかに織り込まれているかを明らかにしたうえで、そこにフロイトの思想との密かな接点が認められるのではないかという見解が呈示された。

第二部「犯罪と表現」は、梅澤礼氏(日本学術振興会特別研究員PD)による発表「文学と犯罪学――モロー=クリストフの『監獄学』」によって開始された。梅澤氏は、19世紀のフランスでモロー=クリストフが「監獄学」を確立するにあたって、監獄を描いたディケンズやユーゴーなどの文学作品を批判的に扱うなかで、博愛主義的な監獄改革に反対し、独房の導入を推進する言説を展開したことを示した。さらにそこでは、犯罪者の先天的異常性をめぐるモロー=クリストフの言説における骨相学の影響についても考察された。つづく竹峰義和(東京大学大学院准教授)の発表「犯行現場としての心――G・W・パプスト『心の不思議』をめぐって」は、フロイト心理学について大衆に啓蒙する教育映画として1926年に公開されたG・W・パプスト監督による『心の不思議』について、とりわけそこでの夢の場面をフロイト主義的な観点から検証することによって、作品内で示される夢解釈とは異なる帰結が得られるのではないか、という趣旨のものだった。

第三部「身体とメディア」では、橋本一径氏(早稲田大学准教授)が、「「書くこと」と「縫うこと」の間で――19世紀フランスにおけるミシン産業の発達と文学」と題された発表をおこなった。そこでまず取り上げられたのは19世紀におけるミシンと女性をめぐる論争であり、ミシンがおよぼす健康問題や性的刺激などをめぐる(擬似)科学的な言説が紹介された。くわえて、ミシンをもちいる女性の労働環境や、裁縫女と夢占いとの関連など、ミシンというメディアと女性の身体との関係をめぐって、さまざまな角度から考察が繰り広げられた。最後の石原あえか氏(東京大学大学院准教授)による発表「日仏独における近代皮膚科受容史――1911年ドレスデン衛生博覧会を中心に」は、皮膚病の症例を示す蠟製標本であるムラージュがどのように日本に導入されたかという問題に焦点をあてた。とりわけ、日本の皮膚科のパイオニアである土肥慶蔵が留学先のヨーロッパでムラージュの技術を学び、1911年開催のドレスデン衛生博覧会でその成果を披露するにいたる歴史的過程が、当時の医学や衛生学にまつわる文脈とともに考察された。 最後の全体討議では、クリストフ・ガラベ氏(大阪大学准教授)、高岡佑介氏(南山大学講師)、田中純氏(東京大学大学院教授)、中村翠氏(名古屋商科大学講師)、橋本知子氏(京都女子大学非常勤講師)、松村博史氏(近畿大学准教授)が、各発表やシンポジウム全体にたいしてコメントをおこない、つづけて、発表者およびコメンテータのほか、司会をつとめた長木誠司氏(東京大学大学院教授)、ヘルマン・ゴチェフスキ氏(東京大学大学院准教授)、佐藤恵子氏(東海大学教授)、市野川容孝氏(東京大学大学院教授)、さらには会場の聴衆も交えて活発な質疑応答が繰り広げられた。心霊科学、演劇、詩、監獄、映画、ミシン、ムラージュと、多岐におよぶ主題が扱われたこともあり、議論の焦点が必ずしも明確に絞りきれなかったような印象が少し残ったものの、個々の発表やディスカッションをつうじて、科学的言説と芸術的表現とのあいだで複雑に織り成される交錯関係の一端が、心、身体、メディアといった共通する問題系のなかで浮かび上がったという意味で、非常に有意義なイヴェントだったように思う。(竹峰義和)