新刊紹介 | 翻訳 | 『ソヴィエト文明の基礎』 |
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沼野充義(共訳)
アンドレイ・シニャフスキー(著)
『ソヴィエト文明の基礎』
みすず書房、2013年12月
本書はソ連から亡命したロシアの作家、アンドレイ・シニャフスキーがパリ大学(ソルボンヌ)で行った講義をもとに一冊のソヴィエト文明論とした著作である(フランス語訳1988年、ロシア語版は著者の死後2002年に出版)。その後、ロシアはまた大きな変動を経て現在に至っているが、本書の内容はいまだにアクチュアリティを失っていない。
本書の最大の特色は、20世紀ソ連を一種の「文明」として捉えたうえで、文学者の立場から、堅固なソヴィエト国家というピラミッドの総体がいかに組み立てているかを、主として文学テキストを素材として使って描き出している点にある。つまり、本書は文学作品を通じて見るソヴィエト精神史である。
分析は「革命」に始まり、「ユートピア」「レーニン」「スターリン」と続き、通時的にソヴィエト的心性の形成過程が語られていく。そして後半では、この体制の下で形成された「新しい人間」「ソヴィエト的日常」「ソヴィエト的言語」が論じられ、さらに最後の章と後書きでは、ソ連末期から顕著になってきた民族主義の危険な兆候について危惧が表明され、現代への警鐘へと転調していく。重く深刻な題材だが、語り口はしなやかで明快。これは形而上学と町の卑俗な噂話や一口話の間を行き来する、シニャフスキーの自由闊達な精神の運動があって初めて可能になった「文明史」でもあり、それと同時に「文化史」でもある。(沼野充義)
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