新刊紹介 編著/共著 『ブルーノ・シュルツの世界』

加藤有子(編著)、沼野充義(分担執筆)
『ブルーノ・シュルツの世界』
成文社、2013年11月

作家ブルーノ・シュルツが画家としても活動したこと、女性とその足を崇拝する男たちを繰り返し描き続けたことは知られていても、その画業はこれまで日本でほぼ未紹介であった。生地ドロホビチからはるか離れた日本に、その希少なオリジナル作品があることもほとんど知られていない。

本書はシュルツの日本語訳者である工藤幸雄氏が所蔵していたシュルツのクリシェ=ヴェール〔版画と写真の中間的技術〕作品の《獣たち》を巻頭に、シュルツの画業の代表作『偶像賛美の書』(1920年代前半)の連作を丸ごと一セット、カラー口絵として収録する。シュルツの画業をカラー図版で本格的に紹介するのは日本で初となる。『偶像賛美の書』はセットごとに収録作品も作品数も表紙イメージもすべて異なる、いわばオリジナルなき異本として作られた。これまで欧米で刊行されたシュルツの画集が、セットの区別なしに、異なるイメージを抽出して並べていたのに対し、本書は『偶像賛美の書』の一セットを表紙やタイトルページも含めた全体像として提示することを特長とする。創作の全期にわたって〈書物〉というコンセプトにこだわりを持ち続けたシュルツの〈書物〉の一例をみることができる。収録論文の図版として、シュルツの画業を時系列的に追えることも本書の魅力の一つとなろう。

しかし、何より本書の柱となるのは、日本の研究者と作家が美術作品、映画、世界文学、翻訳、アダプテーション等々、視覚芸術との関連を中心に、多様な切り口からシュルツ作品を論じ、訳し、翻案したテクストと作品である。

執筆陣は、工藤幸雄(シュルツの美術作品について、そして《獣たち》が工藤の手に渡る経緯について)、赤塚若樹(シュルツ作品と映像・音楽領域のアダプテーション)、久山宏一(シュルツと同時代の映画)、小泉俊己(工藤幸雄とシュルツ)、柴田元幸(シュルツの短編「七月の夜」の翻訳)、西成彦(シュルツ絵画とマゾヒズム)、西岡兄妹(シュルツの短編「憑き物」、「鳥」、「父の消防入り」の漫画化作品)、沼野充義(シュルツと世界文学)、和南城愛理(クリシェ=ヴェールという技術面からシュルツの作品を本格的に論じる初の論考)、加藤有子(シュルツの短編に現れる広告イメージのモデルとその同時代的な広がりについて、シュルツの美術作品について)。翻訳者である工藤幸雄へのオマージュの側面ももつこの一冊には、工藤がシュルツの短編を翻訳したときの朱入り直筆ノートの複写も収録されている。

ポーランド研究者に限らない多様な領域で活躍する寄稿者が、それぞれの専門にひきつけて書いた論考・作品は、結果的にジャンルや国や言語の枠を横断しながらシュルツに迫るものになり、世界的なシュルツ研究に照らしても新しく、高い水準にある。熟練の書き手によるテクスト群は、研究書としてのみならず、一般的読み物としても良質だ。

シンポジウムを中心に編まれた本書は、日本におけるシュルツの受容のごく一端を示すにすぎない。マイナー文学に位置づけられているシュルツの作品のさらなる受容と創造を刺激する一冊になることを期待する。(加藤有子)

加藤有子(編著)、沼野充義(分担執筆)『ブルーノ・シュルツの世界』